誤解?が広がるハロウイン

誤解?が広がるハロウイン

10月31日はハロウインです。いつのまにか日本でも定着してしまいました。思えばクリスマスから始まり、バレンタイン、ハロウインと全部菓子メーカーが広げた習慣です。ハロウインの起源は英国の先住民であるケルト族の宗教ドルイド教の祭りです。11月1日が元日なので、前日の大晦日に魔除けの仮装をし、同時に収穫祭をしたサウインの祭りが元です。キリスト教の時代になってこの日は万聖節All Saints’ Dayという日本の神在月みたいものになり、前日EveがAll Hallow’s Evenで、それが変化してHalloweenとなったという説明がなされていますが日本人にはピンと来ないようです。仮装はドルイド教の悪魔払いのような儀式で、日本の追儺(ついな)に似ています。祇園の「お化け」は節分なのですが、翌日から新年というまったく同じ発想です。
仮装パーティとかぼちゃを持ち込んだのはアメリカで、Jack O’ Lanternを擬人化したNightmare Before Christmasという映画が日本での流行のきっかけになったようです。
主人公のJack the Pumpkin Kingはディズニー創作ではなかったのですが、日本のディズニーランドがHaunted Mansionにカボチャのデコレーションを採り入れてから、一気に日本で広がったようです。近年ではカボチャさえつければなんでもハロウインになるようで、いろいろな商品が発売されています。ケーキやピザはまだしもハロウイン寿司まで登場するようになり、もう何がなんだかわからなくなっています。この日本の大流行がアジア、時にはヨーロッパまで広がっているようです。本家?であるアメリカやイギリスにも広がっているようで、まだまだ進化する気配です。
アメリカ発のハロウインの合言葉Trick or treat.は「もてなしてくれなければ、いたずらするぞ」という意味ですが、普通はTreatと答えてお菓子などをくれる習慣なのです。しかしわざとTrickと答えて、玉子やトマトをぶつける、トイレットペーパーを巻き付ける、などのいたずらをさせてくれる家もあり人気のようです。これをもじった「トリック・オア・セブンイレブン」というCMが出ていますが、「トリック」と答えていたずらしてもいいのでしょうか、CM制作者の誤解が原因で本当にいたずらされないか心配です。中学で習ったように英語のorは選択肢です。
東京渋谷のハロウイン騒動は外国人や他県からやって来る人が多く、地元には迷惑な行為です。祭りだと騒ぎたい人はどこにでもいますが、祭りにかこつけて鬱憤晴らしをするのは迷惑なだけです。社会に不満をもっている人が集まると騒動になるので、今年のような年は不安が増します。祭りの起源は知らなくてもいいのですが、暴れる機会だという誤解だけは解いておきたいものです。日本のクリスマスのように家族でケーキを食べて楽しい機会にするのはよい習慣だと思います。

ハロウィン

秋土用の辰の日に〇〇〇

秋土用の辰の日に〇〇〇

令和4年10月30日は旧暦の神無月六日で秋土用の辰の日です。夏土用は丑の日なので、「う」のつく食べ物、黒い食べ物でしたが、秋土用は辰の日で青い食べ物の縁起がよく、「た」のつく食べ物がよいとされています。たまねぎ、大根などが伝統的野菜です。青いものといえば魚の青物で、この時期に出回るのが秋刀魚です。秋刀魚に大根おろしは定番ですが、ぜひ辰の日にお召し上がりください。今年は秋刀魚があまり安くないようですが、縁起物と思って召し上がってください。
「た」のつく食べ物としては、鯛、蛸、玉子、タケノコ、高菜などが思い付きます。タニシもありますが、今では入手が困難です。やや変則的になりますが、タコ焼き、鯛焼、たぬき蕎麦、タンメン、タンドリーチキン、タコライスなどが思い付きます。
「た」のつく食べ物としては玉子が一番身近ではないでしょうか。10月30日は「たまごかけごはんの日」なのをごぞんじでしょうか。第1回日本たまごかけごはんシンポジウムが2005年10月30日に開催されたことに由来します。今年は「たまたま」辰の日に重なるという偶然ですが、何かの縁かもしれません。玉子かけ御飯は通称TKGと称されて国民食になっていると思います。玉子も米も日本の農業技術の結晶ともいうべき農産品で、それが結合した最高傑作です。もっと評価されてもよいはずですが、値段が安いせいか高級料理としては扱われません。玉子の生食は日本独特の文化であり、韓国のユッケや欧州のタルタルステーキのような生肉と合わせる例外を除けば、海外で生卵を食べる習慣はないです。原因はサルモネラ菌食中毒が広く知られており、加熱して食べるのが普通です。例外的に薬用として黒ビールに入れて風邪薬にする(英国)とか、ミルクと混ぜてミルクシェイク(ミルクセーキ)にする(フランス)、さらにラム酒を混ぜてエグノグとして祝杯にする(アメリカ)などがありますが、彼らは生卵であることを意識していません。生卵は絶対食べない、野蛮だと言い張る欧米人は多いです。すき焼きの肉を生卵につけることを拒否する人もかなりいます。日本で生卵食が始まったのは江戸時代のようですが、玉子かけ御飯が広がったのは戦後です。サルモネラ菌は鶏の腸管に存在しているので産卵後に糞便などから卵殻に付着します。そこで鶏卵業者は選別とパック詰めの段階で亜塩素酸ナトリウムによる殺菌処理をしています。また割れた玉子は感染の危険があるため、高度な選別技術で排除しています。それでいて安価に提供されているのは凄い事です。米作の高度な技術はよく知られていますから、新米の美味しさは海外での評価も高くなりました。海外では日本食料理店でしかTKGが食べられませんが、おにぎりと並ぶ米食の代表としてラーメンほどの高カロリーではなく健康食としてハマる外国人も増えています。

卵かけご飯

インターネットの誕生

インターネットの誕生

1969年10月29日インターネットの元型である「ARPANET」と呼ばれる米国国防省の軍事ネットワークによる初めての通信が行われました。これがインターネットの誕生です。なので今年で53歳になります。ARPANETはAdvanced Research Projects Agency NETworkの略称です。直訳すれば高等研究計画局網でしょうか。現在も使われているパケット交換方式のネットワークが初めて使用されました。カルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)からスタンフォード研究所(SRI)に接続し、最初ARPANETのリンクが確立しました。“LOGIN”の文字列を送信しようと試み、“L”、“O”と一文字ずつ入力し、送信を確認した後、“G”と打ち込んだ所でシステムがクラッシュしてしまいました。これが「インターネット」という革命の始まりでした。どんな発明も最初はこの程度です。アメリカ国防総省が資金を提供し、いくつかの大学との共同研究でプロジェクトが行われました。パケット交換技術はイギリスのドナルド・デービスとリンカーン研究所のローレンス・ロバーツの設計に基づいていました。実が11月21日は「インターネット記念日」となっていて、ARPANETの公開実験が上記2校にUCサンタバーバラとユタ大学の4か所を結んでの通信であったことに由来しています。生まれた日とお披露目の日に分かれているわけです。元祖と本家みたいなものでしょうか。最初の文字がLOだけだったのはいろいろな皮肉が生まれそうです。Last Order, Local Office, Liaison Officer(連絡将校), Lutte ouvrière(労働者闘争のフランス語), Limited Online, Lock Outなどいくらでもできそうです。ロケットのLift Off、レーダーのlock onなどの軍事用語もあります。
インターネットは今日では不可欠な存在にまで進化し、個人間通信ツールになったことでSNSに発展、通信メディアに革命が起きました。グーテンベルグの印刷術の発明がキリスト教聖書の大量配布に貢献し宗教革命の要因となったのと同じく、インターネットにより一方通行のマスメディアであるラジオ・テレビに加え、双方向のインターネットと個人発信を可能にしたことで情報の大衆化が行われたことは情報革命といえそうです。SNSは今や個人間通信の枠を超え、YouTuberのような職業まで生み出し、新たなマスメディアになっています。また一方でサイバーテロというあらたな兵器を生み出すことにもなりました。情報伝達が単方向か双方向というのはタイプの違いに過ぎなく、どちらにも必要な機能があるのですが、日本の行政は長く単方向伝達である通達の伝統からなかなか抜け出せず、官僚機構は今でもその習慣が続いています。民間も昔は上意下達が普通でしたが、今では双方向の情報交換が重要であることに気が付いています。あまり目立たないですが、これこそ情報革命だと思います。

インターネット

速記

速記

今ではほとんど見かけなくなりましたが、10月28日は速記の記念日だそうです。日本速記協会(https://sokki.or.jp/)によれば、1882年(明治15年)のこの日、田鎖綱紀(たくさり こうき、1854~1938年)が東京・日本橋で初の速記講習会(日本傍聴筆記法講習会)を開催しました。この速記法は田鎖が自ら考案したもので、その速さから田鎖は「電筆将軍」と呼ばれたそうです。1888年(明治22年)に、講習会の7周年記念会を開いた時にこの日を「速記記念日」として制定したそうです。今年は140周年になるので記念の年でもあります。速記というと話された言葉をそのまま手書きで書き取るというイメージですが、近年はキーボードを利用したりコンピュータを利用することもあるそうです。速記を学ぶメリットは「電話や取材、講義ノートがしっかり記録できる、漢字や語彙の知識がふえる、集中力と注意力が高まる、時事問題に、より関心が深まる」ことがあるそうで(同HP)暗号のような速記文字ですが、練習次第でどなたでも覚えられるそうです。同協会のホームページによれば「世界で最古の速記史料は、ギリシャのアクロポリスで発見された大理石の破片と言われています。紀元前350年ころのもので、簡単な符号でアリストテレスらへの献辞が刻まれていました。」これは速記といえるかどうか疑問もあります。「発言を記録するために速記が広く用いられるようになるのはローマ時代になってからです。ローマの弁論家キケロは、紀元前63年、元老院でカティリナの弾劾演説を行いました。キケロの解放奴隷であったティロは、この演説をすぐさまろう板に鉄筆で記しました。これが現代につながる速記の起源とされています。」ということだそうですので、最初は切迫した理由があったのですね。「近代速記法の起源は、1588年、イギリスのティモシー・ブライトが発明した速記法といわれています。当時のイギリスは、エリザベス一世の絶対王政にあって、宗教で政治が混乱した時期でもあり、ほかの人には読めない速記法が「秘密の速記法」として注目されたともいわれています。その後、1837年にアイザック・ピットマンが、単純な符号を使ってあらわす記音式速記法を発明し、筆記のスピードを格段に向上させました。このピットマン方式は世界の近代速記法に大きな影響を与え、半世紀後、日本にも田鎖式速記法が誕生します。」という歴史だそうです。こういう歴史はあまり見ることがないので勉強になります。速記には暗号としての機能があることも初めて知りました。今は音声の録音やビデオ録画が普及し速記の必要性は少なくなりましたが、1つの文化として技法を残しておくことも遺産としての価値はあると思います。算盤が今でも人気があるように、速記にも似たような人気もあるようで、コンテストなども開かれているそうです。

速記

相嘗祭

相嘗祭

相嘗祭(あいなめのまつり、あいんべのまつり、あいにえのまつり)は、新嘗祭に先立つ11月の初めての卯の日に行われる神道祭祀です。今年は11月10日が初卯の日です。「日本書記」によれば天武天皇五年(676)神無月五日に初めて挙行されたそうです。明治になって新暦になってからは一月遅れの11月に行われるようになりました。相嘗祭は天皇が秋の農作物の収穫を祝う神事で、神々と天皇とが供饌しあうことから「相嘗」と呼ばれるのだそうです。相嘗祭は新嘗祭に先立って行われます。相嘗祭と似たものに神嘗祭(かんなめさい)というのがあります。これも新嘗祭に先立って行われます。神嘗祭は伊勢神宮に全国から集められた稲の初穂を奉納する行事であるのに対し、相嘗祭は伊勢神宮以外の全国の神社に初穂を奉納する行事です。神嘗祭は長月十七日が本来ですが、新暦になってからは10月17日になっていますから、相嘗祭よりさらに前です。相嘗祭はかなり廃れてきており、現在でも行われているのは賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ)です。通称上賀茂神社のことです。神嘗祭、相嘗祭に続いて新嘗祭が宮中で行われます。天皇陛下が初穂をお召し上がりになる神事ですが、11月23日に行われ、これが現在勤労感謝の日となって残っています。戦後、神事に関する行事はすべてGHQにより排斥された結果ですが、ほとんどの国民は何に感謝していいのかわからないのではないでしょうか。農業は天候や自然次第であり何より神様に収穫を感謝することは当たり前のことです。米国のThanksgiving Dayも神への収穫の感謝であり、今月末のHalloweenも元は収穫を祝う行事でした。GHQは文化・宗教・習慣といった伝統について全く理解がなかっただけでなく、不当な干渉を行ったわけで米軍の独善的価値判断の犠牲になったといえます。
新嘗祭は例年行われるのですが、天皇が即位後初めて行われる新嘗祭を大嘗祭と称し大規模に行われます。大嘗祭を行う祭祀の場所を大嘗宮といい、大嘗祭のたびごとに造営され、斎行された後は破却、奉焼されるのですが、令和の大嘗祭から初めて資材が再利用されました。これも時節柄でしょうか。今上陛下の御心でしょうか。一方で新築される宮様もおられ、しっくりしない気持ちが残ります。
私たちは新米が出回ると喜んで賞味します。今でも米好きが多いのですが、作っている農家さんへの感謝やさらに神様への感謝の気持ちを持つことは自然なことです。神嘗祭、相嘗祭、新嘗祭と続くのは稲作がいかに日本文化の基底にあるかを再認識する機会であり、さらに祈年祭という次の豊作祈願へと続いていく行事を大切にしたいものです。各地域では秋まつりとして豊作祝いと豊作祈願の行事が行われます。その意味も理解した上で祭りに参加してみることが最初でしょう。

稲穂

日本武尊

日本武尊

景行四十年(110年) 神無月二日、日本武尊が東夷討伐に出発したとされています。日本武尊(やまとたけるのみこと)は『古事記』では倭建命と表記されています。神話上伝説的な英雄で、舞台や漫画、アニメなどにもよく取り上げられます。これらのフィクションと古事記や日本書記の記述がまぜこぜになって理解されており、歴史学者の中にも実在を疑う説もあって、曖昧になっているのが実態です。
歴史というのはそもそもが事実は少なく、多くは推定や定説という推測に基づいています。日本では文献による記述を中心とする考えが基本にあるので、文献による差があると必ず異説があります。文献による考証には限界があり、たとえば「〇年〇月〇日、都の××殿が落雷による火事で焼失。人々は△△の祟りと恐れた」という記述があったとします。日付については誤記や捏造を除けば他の文献との照合によりほぼ確定できますから、事実といえます。都については時代考証が必要です。××殿の火事も他の文献との照合でほぼ確定できますから、事実と考えられます。人々というのは曖昧です。記述者の周囲だけかもしれませんし、あるいは記述者の主観を人々と言い換えているかもしれません。祟りについては推測というか当時の信仰との関わりであり、現代的には事実とは認定しがたいでしょう。このように記述があるからすべて事実とはかぎりません。火事の原因も落雷かどうかは検証がむずかしいです。放火かもしれませんし、失火かもしれません。またこの文献の記述者はまた聞きを書いたかもしれません。噂かもしれません。あるいは祟りを強調したいがための捏造かもしれません。ほぼすべてが推論なので、異説がでても検証の方法がなかなかないのが普通です。よくタイムマシンがあれば確かめられるという人がいますが、タイムマシンそのものがVRであって本当にその時代に行ったかどうかは現状では実証の方法がないです。極端な言い方をすれば、歴史とはどう信じるかという問題なのですが、かといって事実でないなら信じないということにはなりません。要は歴史から何を学ぶかです。フィクションからは何も学べない、ということはなく、哲学書などは個人の思想という内心ですが、学ぶことは多いです。最近の傾向としてエビデンスつまり証拠による論証のみが真実であるという人が多いですが、エビデンスが未発見あるいは存在しない真実というのもあります。「それでも地球は回っている」というガリレオの有名な言葉が真実を物語っているように、はるか未来にしかエビデンスが発見されないことなどいくらでもあります。未来だけでなく過去についても同じことがいえます。歴史も科学も推論と論証によって成り立っていることをまず知るべきです。日本武尊伝説も人々が信じるなら真実となります。

日本武尊

神無月と亥の子

神無月と亥の子

10月25日は旧暦の神無月朔日です。神無月は「かんなづき」と読む他にも「かみなづき」「かむなづき」「かみなしづき」「かみなかりづき」などいろいろあります。語源については「神様が出雲に行っていていない」という俗説が信じられていますが、本当の語源はまだ解明されていないようです。神無月の「無・な」が「の」にあたる連体助詞「な」で「神の月」という意味だという説があります。「水無月」が「水の月」であることと同じであるということのようです。神々が出雲に集まって翌年について会議するので出雲以外には神がいなくなるという説は平安時代以降の後付けだそうです。出雲大社の御師が全国に広めた語源俗解で出雲が「神在月」として様々な行事を行うことの正当化という側面があったようです。すべての神様がいなくなるわけではなく伊勢神宮・内宮におはします天照大御神は行かれないことになっています。他にも神様がいない間、お留守を守ってくれる留守神と呼ばれる神様もいて、荒神様、恵比寿様、大黒様はおいでになります。荒神様は地域や家と竈(かまど)の神様で、地域や年代により信仰や行事が様々ですが、神道や仏教とも合わさった民間信仰になっています。荒神祭はもう稀有になってしまいました。恵比寿様は神無月にえびす講が開かれることが多く、秋の風物詩になっている地域もあります。
神無月には亥の子祭りがある地域もあります。今年はたまたま神無月の最初の亥の日が朔日と重なります。亥の子餅を食べると万病除けになるという風習が平安時代から続いています。また猪は多産であることから、亥の子餅を食べると子孫繁栄になるという伝説もあります。伊勢の赤福では毎月朔日に朔日餅を販売しますが、今年は亥の子餅になりそうです。江戸時代には亥の月(神無月)の最初の亥の日を「玄猪(げんちょ)の日」と呼び「亥の子餅」を「玄猪餅(げんちょもち)」と呼ぶこともあったそうです。陰陽五行説において亥は水の気を持つため火災を逃れるということで、庶民はこの日に炬燵(こたつ)や火鉢を出したそうです。今でも茶の湯の世界では、この日を「炉開き」としており茶席には「亥の子餅」が登場します。亥の子餅はどちらかというと西日本で一般的なようで関東以北にはあまり見られないそうです。亥の子の歌という童歌(わらべうた)は広く西日本に広がっており民俗学の研究対象として知られています。亥の子はウリ坊と呼ばれて愛らしいとされてきたのですが、最近は猪の農業被害が多く嫌われるようになってしまいました。猪肉はぼたん鍋として食べられていますが、肉を牡丹のように(今風ならバラのように)盛り付けることから来ています。ジビエとしても人気があるので、もっと広く販売すれば環境保護にも役立つ一石二鳥になると思います。

亥の子餅

International Days 国連の日

International Days 国連の日

10月24日は国連デーです。英語がUN Dayになっていないことに意味があります。実際には米国ではUnited Nations Dayとして大統領宣言があります。日本は国連が大好きというか、何かと国連に弱い国ですが、現実の世界を見ると国連が無力に近いことを感じることが多い昨今です。今こそ国連について学びましょう。
1945年国際連合憲章が発効して国際連合が正式に発足したことにちなみ、この日を「国連の目的と成果を世界の人々に知らせ、国連の責務の支持を得ることに捧げる」と宣言しました。1971年国際連合総会において、さらなる決議案として国連の日を国際休日とし、国際連合加盟国は祝日にすることを推奨することを宣言したのですが、日本は祝日になっていません。そして国民の多くはこの祝日を知りません。
国連憲章には「敵国条項」を含めて議論がありますが、まず全文を読むことをお勧めします。https://www.ne.jp/asahi/nozaki/peace/data/data_un_all.html(全文)
国連は第二次世界大戦の戦勝国が中心となって作られた組織であり、戦争中に連合軍の敵であった国は敵国であったことから、「敵国条項」といわれている条文が入っているのも特徴的です。Wikipediaの解説では「国際連合憲章(以下「憲章」)で、1995年に将来的に削除することが国連総会で確認された「第二次世界大戦中に連合国の敵国であった国」(枢軸国)に対する措置を規定した第53条および第107条と第77条の一部文言のこと。」となっています。全文でご確認ください。しかし「1995年の第50回国連総会(当時加盟国185カ国)で「時代遅れ」と明記され、憲章特別委員会で旧敵国条項の改正・削除が賛成155 反対0 棄権3で採択され、同条項の削除が正式に約束された。また、国連総会特別首脳会合で2005年9月16日採択された「成果文書」においても旧敵国条項について「『敵国』への言及の削除を決意する」と明記されたこれを受けて、外務省ホームページでは、本条項が死文化しているとしている。」というのが日本政府の公式見解です。実質的になくなっているという曖昧な結論になっているのは「常任理事国である中露の反対が想定される」ためであり、ここでも安保理の拒否権が邪魔をしています。ロシア外務省は北方領土に関連して国連憲章107条を持ち出してくるので完全に無効になったとはいえない状況でもあります。どこかで戦争があるたび、また経済制裁を科す、などの議論で必ず安保理の拒否権が邪魔をすることが多いので、国連はまずこの非民主的な制度を改革することが先決だと誰もが思うはずです。結果から見ると、戦前とは少し違ってはいても冷戦構造や欧米対露中という対立構造は今でも続いているのであり、「国連の目的と成果」と謳うわりに国連自身がその存在意義を薄くしているという皮肉な状況を知る日でもあります。

国連

霜降(そうこう)

霜降(そうこう)

今年の霜降は10月23日になります。霜降は旧暦だと長月の中旬頃になり、二十四節気の1つで立冬の前です。「露が陰気に結ばれて霜となりて降るゆゑ也」と説明されています。楓や蔦が紅葉し始め、この日から立冬までの間に吹く寒い北風を木枯らしと呼ぶことになっています。木枯らしというと冬のイメージかもしれませんが、旧暦では秋の終わりということになります。この期間は次の3つに分けられています。
初侯:霜始降(しもはじめてふる)空気中の水分が夜間の冷たい地面や物体に触れると表面に霜がつきます。朝晩気温が下がり3℃以下になっていると、地表が氷点下になっていることが多く、霜が降りる条件になるのです。
次侯:霎時施(こさめときどきふる)「霎」(しょう)は現在ではほぼ見られない感じですが、ごくわずかな間の通り雨のことです。この時期には突然、小雨が降り出すことがあります。しかし小雨なので、それを楽しむのも風情があります。
末侯:楓蔦黄(もみじつたきばむ)モミジやツタは冬が近づく赤や黄色に葉の色が変わります。本格的な冬を前に徐々に葉が緑から秋色に変わっていくのですが、年によって寒暖差に違いがあり、ゆっくりと寒くなるときれいな紅葉になりますが、急減に変化すると枯れて落ちてしまいます。
この時期には朝晩が冷え込むことも多く、体調を崩しやすい時期でもあるので注意が必要です。季節の変わり目は寒暖差も大きく自律神経がフル稼働して疲れてしまうことがあります。冷えから肩こりや、めまい、ほてり、食欲不振などを感じることもあります。疲れを残さないためには適温のお風呂に入ったり首元を温めたりして、食事で体の中から温めることが大切です。鍋料理が恋しくなる時期です。軽い運動も体力を保つのに有効です。そして冬支度を始める時期なので、防寒具や暖房器具を出してくる季節です。ほこりがついていると火事の原因になるので、まず手入れをすることが重要です。とくに石油ストーブは古い油が残っていることもありますから、まずそれを抜き取ります。少量なら布などに染み込ませて可燃ごみにできますが、ある程度の量ならば石油を買う店で処分してもらうこともできます。自分で処理することは厳禁です。家庭菜園の農作物や植物などは霜が降りるとダメージを受けるので室内に入れるとかシート類などで保護をして霜対策をしましょう。この時期の食べ物としては秋味と呼ばれる鮭やビタミンCを多く含む柿、そして身体を温める効果のある生姜がおすすめです。生姜焼きの他にも、生姜の炊き込みごはん、生姜湯などが昔から楽しまれてきました。ジンジャーブレッドやジンジャーエールもよいと思われます。さつまいも、かぶ、チンゲンサイなどもおいしくなる季節です。

霜

吃音stutter

吃音stutter

10月22日は国際吃音啓発の日(こくさいきつおんけいはつのひ) International Stuttering Awareness Day(ISAD)です。1998年に国際吃音者連盟・国際流暢性学会などによって定められました。吃音者は世界に数百万人いるとされています。吃音とはいわゆる「どもり」のことですが、差別的ニュアンスがあるということで現在は使用されないことになっています。どもりに限らず、障害を表すヤマト言葉はことごとく排斥され、漢字ときには英語に置き換えられてきましたが、それで理解が進んだかというとそうではないのが実情です。おし、つんぼ、めくら、いざり、ぼけ、などのかたわを障害と言い換えてきています。「言ってはいけない雰囲気」に押されて遠ざけられているだけにもみえます。英語のawarenessは「知ること、気が付くこと」なのですが、これらの障害は昔から知られてきています。「理解する」とはかなり内容が異なります。余計なことかもしれませんが、英語のstutterも吃音も当人には発音しにくい、どもりやすい単語なのですが、命名した人は気づいているでしょうか。
吃音症は医学用語としてdisfluency, dysfluency, dysphemiaといいますが、いずれも「流暢に話せない」という意味です。Wikipediaでも「吃音(きつおん、英: stuttering,stammering)とは、言葉が円滑に話せない、スムーズに言葉が出てこないこと。非流暢発話状態のひとつ」という定義を紹介しています。症状として以下のようなものを紹介しており、一般にどもりとして理解されているよりも広範囲なものになっています。「吃音の言語面での症状を大きく分けると以下の3つの型となり、これらは吃音の核となる症状と考えられている。①連声型(連発、連続型)発声が「お、お、おは、おはようございます」などと、ある言葉を連続して発声する状態。②伸発「おーーーはようございます」と、語頭の音が引き伸ばされる状態。③無声型(難発、無音型)
「……お(無音)」となり、最初の言葉から後ろが続かない状態。」としています。②や③は障害がなくても、時々ある現象でもあります。また随伴症状として「瞬き、体をこする、手足を振るなど、吃音状態を脱するために試みる動作が定着したもの」を紹介していますが、必ずしも吃音特有とはいえないものも含まれています。
吃音の原因は未だ全容が解明されておらず、痙攣性発声障害の場合もあって、すべてが心理的原因とはいえないようです。現在、遺伝子解析や脳科学など、さまざまな観点から原因の研究が進められています。
吃音は健康保険の対象であることは知られていません。しかしいろいろハードルがあります。さらに発達障害者と同様に吃音児者も公的な福祉サービスや支援を受けることができます。吃音で身体障害者手帳を取得しているケースもあるそうです。

吃音