春分の日

春分の日

新暦3月21日は春分の日です。二十四節気の春分は15日間ありますので、春分と春分の日は別のものなのですが、あまり理解されていません。彼岸は7日間あり、その真ん中が春分の日です。それで春分の日をお彼岸の中日ということもあり、春分と彼岸もごちゃごちゃになって理解されています。春分の日は一日の昼の長さ夜の長さが同じといる理解が普通ですが、科学的にいうと長さが同じになるのは一瞬あり、直前は夜が長く、直後は昼が長いです。理由は地球自転し太陽の周りを公転しているからです。正確にいうなら春分の日は「春分がある日」ということになります。

春分の日は英語でどういうかごぞんじでしょうか。それはvernal equinoxです。春はspringなのでspring equinoxともいいます。Equinoxは春分と秋分にしか使わない科学専門語です。そのため知らない英米人も多く、そもそも春分と秋分そのものを知らない人が多いのです。なぜかというと休日でもなく、行事等もなく、春分の時期はイースター(復活祭)と時期が重なることが多いからです。Springとvernalでは語がまったく違いますが、それは語源が異なるためです。Springは日本語でもスプリングといえばバネのことで「飛び跳ねる」という意味なので、植物の芽が飛び出てくることから春をspringというわけです。Vernalの方はラテン語の「若々しい」という語から来ています。その結果、名詞はspring、形容詞がvernalという分別になっています。ちなみに秋も同様ですが、こちらは名詞がautumn、形容詞がautumnalです。夏summerの形容詞はsummery、冬winterの形容詞はwinteryあるいはwintryという語もあるにはあるのですが、滅多に使われることがない一種の古語です。夏至と冬至はそれぞれsummer solstice, winter solsticeといい春分や秋分のような季節の形容詞形は用いません。この2つはお祭りがある地域もあるので一般人も知っている単語です。

ヴァーナルという単語は日本でも結構商品名や会社名などで使われています。それは春というよりも「青春の」とか「若々しい」という意味を採用しているからでしょう。それで化粧品関係が多いのだと思われます。

欧米では春分はまったく無視かというとそうでもなく、真夏と真冬の真ん中で太陽の位置も真ん中に来るので、その日差しを重視する文化もあります。とくにキリスト教国ではイースターという最大のお祭りがあり、その計算の起点が春分になります。イースターの日は毎年変更になりますが、それは太陰太陽暦を用いた特殊な計算法によるからです。春分の日の後の最初の満月の日から数えて最初の日曜日が復活の日です。そのため計算上、イースターは3月22日から4月21日の間にきます。2022年は4月17日の日曜日で、遅めのイースターになります。イースターを中心として、その前あるいは後の1週間が休暇になるのが習慣になっています。これが春休みになるわけです。日本のように4月1日から年度が始まる場合はとても対応できませんが、欧米の年度変わりは9月1日なので、問題はないわけです。大学の学事暦でもしっかり組み込まれていて、非キリスト教徒もそれに従うことになります。
イースターはクリスマスよりも盛大なお祭りで、いろいろな行事があり、食べ物もありますが、それは4月17日のお楽しみということにしておきます。ここでは春分の日がイースターと関わっていることだけをお知らせしておきます。ただし欧米人のほとんどはこの計算法を知らないので毎年カレンダーを見て、ああ今年はここにイースターなんだ、と思うだけです。

春分の日

サブレの日

サブレの日

旧暦では如月16日つまり新暦3月18日が望月で二十四節気の啓蟄が終わり、次の春分に入ります。このコラムでは記事の都合上遅れましたが、すでに春分に入っています。春分は春分の日もあって混乱しやすいのですが、二十四節季の春分は15日間続きます。春分の日は新暦3月21日なので、明日詳しく説明します。

本日は語呂合わせによればサブレの日だそうです。これも例によって日本の大阪の菓子メーカーが設定しました。サブレには似たような焼き菓子がありますね。ビスケット、クッキーなどその違いがよくわかりません。調べてみるとクッキーの材料は小麦粉・バター・ショートニング・牛乳・玉子・砂糖・香料、ビスケットの材料は小麦粉・バター・ショートニング・牛乳・玉子・砂糖・香料とまったく同じです。英語感覚ではイギリスがビスケット、アメリカがクッキーという感じなのですが、イギリスでは脂肪分の多いビスケットのことをクッキーと呼ぶそうです。アメリカだとビスケットは機械で大量生産するもの、クッキーは手作りという感じなのだそうです。そういえばアメリカのビスケットは小さめでつるっとした工場製品で、家庭で作るのはクッキーという印象を受けました。日本でいうクラッカーに近いのがアメリカのビスケットです。クラッカーといえば日本では「あたりまえだのクラッカー」という昔の宣伝を思い出します。アメリカでクラッカーといえば、パーティなどでパーンと鳴らすあの三角錐の玩具を意味します。クラックというのは擬音でパンという意味ですから、そちらの方が意味があっています。日本でいうクラッカーはパリパリと音がするところからそう名付けたのかもしれません。

サブレはフランス語で人名から来たという説と地名から来たという説があります。サブレが有名なのは鎌倉でしょう。クッキーやビスケットよりも柔らかくてサクサクした触感は日本人好みのようです。

ビスケットの語源も諸説あり、ビスケー湾で遭難した船員が船内に残っていた材料で作ったらおいしかったから広まった、という説を信じていたのですが、これは俗説で、本当はフランス語の「二度焼いたこと」を意味する「bis cuit( baked)」から来た言葉らしいです。もっと正確にはラテン語で「2度焼かれたもの」(bis coctus)、「2度焼かれたパン」(bis coctus panis)という意味でパンの仲間と考えられていたのだそうです。なのでパン屋さんがビスケットを売るのは本来の意味だったのですね。ちなみにビスケットの日というのもあるそうで日本ビスケット協会が制定した2月28日だそうでもう過ぎてしまいました。理由は「1855年(安政2年)2月28日にパンの製法を学ぶために長崎に留学していた水戸藩士の蘭医・柴田方庵が、オランダ人から学んだパン・ビスケットの製法を書いた「パン・ビスコイト製法書」を同藩の萩信之助に送った。これが、ビスケットの製法を記した日本初の文書とされている。」(wikipedia)だそうです。つまり江戸時代末期に日本に入ってきた舶来物の1つだったわけです。日本で最初にパンが焼かれたのが1842年のことなので、その少し後ということです。

ビスケットは英米では保存食で船員や軍人が携帯食として持ち歩きます。日本でも乾パンがありますが、その発想を真似たものです。最近はもっと栄養価の高いチョコレートが非常食になっていますが、ビスケットさらにはサブレもよいのではないでしょうか。崩れやすいのが難点ですが。

サブレ

音楽の日

音楽の日

新暦3月19日は例によって語呂合わせでミュージックの日になっています。日本音楽家ユニオンという音楽家の労働組合が設置したそうです。音楽家と労働組合というのは何となく不釣り合いな印象もありますが、考えてみれば、オーケストラのように楽団に所属していれば労働者であることに変わりはなく、興行会社や音楽事務所に所属していれば労働者です。しかし音楽家の多くは自由業というかフリーの人も多く、契約になっている場合も多く見受けられます。

ひとくちに音楽関係者といっても作曲家、演奏者、歌手の他にも編曲とか録音とか多くの人が関わっています。作詞者は文芸家なのか音楽家なのかどちらなのでしょう。ソロもいればグループもいますし、大勢のアイドルグループもいます。音楽に関連する分野としてオペラ、ミュージカルなど演劇とのつながりが強い分野もあります。ダンスも音楽抜きでは考えられません。音楽はかなり広い分野との複合領域です。

レパートリーも広く、いわゆるクラシックからポピュラー、ジャズ、民謡などのジャンルがあり洋楽、邦楽、民族音楽のような分類もあります。

また公開形式もライブ、CDから最近はインターネットからのダウンロードも増えてきています。YouTubeなどの情報サイトのストリーミングで楽しむこともできるようになりました。一方で簡単に音楽が楽しめるため著作権の問題がクローズアップされるようになりました。音楽家にとって生演奏における入場料からのギャラの他に印税として入る収入も重要です。日本音楽著作権協会(JASRAC)が管理していますが、著作権という表現が示すように元々は文芸作品の保護から始まっているので、どうしても齟齬が発生し近年は音楽著作権として公布されるようになりました。しかし編曲や替え歌などの問題やカラオケでの歌唱、学校での歌唱、音楽教室での演奏、そしてお風呂での鼻歌など微妙な問題がたくさんあります。保護期間といい、著作権がいつまで及ぶのかという問題もあります。古典には著作権はあるのかという問題です。こうした著作権に関わりがあると思われる付随的な権利として著作隣接権というものもあります。著作権には細かな規定が定められていますが、それでもすべての事案をカバーできませんから、よく訴訟になることがあります。

こうしたむずかしい問題もあるのですが、まずは純粋に音楽を楽しみたいところです。音楽は英語のmusicの訳語で元は漢語のようです。西洋ではどの言語もmusicはほぼ同じ綴りと発音になっています。語源はミューズというギリシア神話の女神からきており、音楽だけでなく詩や歌、舞踊などを司る複数の女神たちのことです。伝承により人数は違いますが9人というのが定説になっています。ミューズは芸術の神アポロンが奏でる竪琴に合わせて歌い踊るのです。全知全能の神ゼウスと記憶の女神ムネーモシュネーの間に生まれた娘たちで、音楽だけでなく芸術・文芸・学術などを広く司っています。日本語では歌舞音曲といいますが、それよりも範囲が広く、artという英語の意義範囲と似ています。日本語訳ではartを芸術と狭い範囲に限定していますが、大学院修士を英語ではMaster of Arts(MA)というように学問も含めているわけです。人工的がartificialなのでそもそもartを広くとらえないと誤解することになってしまいます。
音楽も舞踊も今はエンターテイメントの側面が強くなっていますが、本来は神に捧げるものとしての役割がありました。そのことも音楽の日に考える良い機会だと思われます。

音楽

彼岸

彼岸

新暦3月18日は旧暦如月16日で彼岸の入口にあたります。彼岸は本来、春分の中日の前後各3日間を合わせた7日間を彼岸会(ひがんえ)と呼びいろいろな仏事を行います。彼岸とはあの世のことで、極楽浄土のことです。岸と書くのは川の向こう側という意味で、この川はいわゆる三途の川です。死ぬことは怖いことというのが現代の死生観ですが、仏教ではあの世は苦もなく楽な世界なので死ぬことは怖くないと教えています。そして彼岸の日にはあの世にいる祖先を供養し感謝するための行事が行われるというのが本来の意味です。

彼岸の食べ物といえば「おはぎ」と「ぼたもち」ですが、おはぎは御萩と書き秋の彼岸のイメージで、ぼたもちは牡丹餅と書き春のイメージなのですが、地域によって春も秋もおはぎあるいはぼたもちというところもあります。作り方は簡単で基本としてはもち米とうるち米を混ぜて炊き、すりこぎなどで適当に潰して、それを丸めて、あんこで包むだけです。あんこには粒のままのものと粒をつぶしたこしあんがあり、好みの問題ですが、小豆が秋にとれることから、秋のおはぎは皮もおいしい粒あんで作るという人もいます。また萩の花は小さく、牡丹は大きいので、おはぎは小さめ、ぼたもちは大きめという話もあります。炊いた飯を潰す時、やや硬めに米が残るような潰し方を「半殺し」、ほぼ全部潰してしまう潰し方を「みな殺し」と呼んでいます。

ある旅人が山の中に宿を借りた時、おじいさんとおばあさんが深夜に「あの客人には半殺しがええじゃろうか」「いや、どうせなら皆殺しがよかんべ」と会話しているのを聞いてあわてて逃げだすという話が民話や落語にあります。中には「手打ち(そばかうどん)がよかんべ」という下りがある場合もあります。

おはぎやぼたもちは餅つきをする必要がないので、作るのも簡単です。そこで「夜船」とか「北窓」という言葉遊びもありました。夜船は闇の中で船がいつ着いたのかわからない、ということから、北窓は窓が北向きだと月が見られない、という洒落です。この呼び名は彼岸ではなく、夏に食べるものを夜船、冬に食べるものを北窓と呼んでいたそうです。今でもそうですが、この食べ物は季節だけでなく年中食べたくなる和菓子ですね。

最近は小豆あんだけでなく、黄な粉をまぶしたり、胡麻をまぶしたりするものも増えてきました。おはぎの専門店というのも登場し、練り切りのような美しいおはぎを売っている店もあります。ダイエットにいいとかで、ちょっとしたブームになっています。

彼岸には祖先の供養、ということなのですが、たまたまこの日に亡くなった偉人がいて、柿本人麻呂、小野小町、和泉式部などの命日です。そこでそれぞれに人麻呂忌、小町忌、和泉式部忌が営まれます。あるいはまとめて「精霊(しょうりょう)の日」と呼ばれています。本来は旧暦なのですが、今は新暦により供養されます。3人とも本当は記録がはっきりしないので没年不肖なのですが、この日ということになっており、俳句の季語に使われています。また有名な「いろは歌」は諸説がありますが、人麻呂が作ったという説もあります。この歌には謎が多く、推理小説のネタになったりしています。小野小町も詳細が不明な人ですが、美人の代表として有名です。現在ではコメの銘柄にまで使われています。この米は秋田産ですが、小野小町は今の福島県で生まれたという伝説になっています。世界三大美人といいますがこのランキングは日本独自です。

彼岸

涅槃会

涅槃会

新暦3月17日は旧暦如月15日で涅槃会(ねはんえ)にあたります。本来は旧暦なのですが、多くのお寺では新歴の3月15日に行っているようです。今年は偶然、この日が仏滅になっており、何となく因縁を感じます。涅槃会といっても馴染みのない人も多いと思いますが、お釈迦様がお亡くなりになった日でこれを入滅(にゅうめつ)といい、ひらたくいえばお釈迦様の命日です。涅槃の原語はニルヴァーナで涅槃はその漢訳です。そもそもの意味は迷いがなくなった境地のことをさすのですが、釈尊の入滅をさすことになっています。実際の入滅日は不明らしいのですが検索サイトによれば「南伝仏教ではヴァイシャーカ月の満月の日(ウェーサーカ祭)と定められている。ヴァイシャーカ月が、インドの暦では第2の月であることから、中国で2月15日と定めたものである。」だそうです。そもそも如月15日も根拠は不明なのですね。なので新暦で法会を営んでも問題はないのでしょう。同じく「法要中は、釈迦が娑羅双樹の下で涅槃に入った際の、頭を北にして西を向き右脇を下にした姿で臥し、周囲に十大弟子を始め諸菩薩、天部や獣畜、虫類などまでが嘆き悲しむさまを描いた仏涅槃図(涅槃図)を掲げ、『仏遺教経』を読誦することとなっている。」のだそうで、この涅槃図はあちこちの寺にあるのでご覧になったことがあるかもしれません。あるいはアジアの国々にある寝姿の釈迦像がこれです。頭を北にする(北枕)のを禁忌とする習慣はここからきています。

涅槃について少しだけ詳しく説明すると、お釈迦様はすでに35歳で悟りを開いておられ、それを偲ぶのが成道会(じょうどうえ)であり12月8日です。そして80歳になられた時にお亡くなりになり肉体的な苦からも解放されて涅槃に至ったということです。お亡くなりになる時の様子を描いたのが涅槃経です。お釈迦様は最後の旅で寄った町で供養として出された豚肉(あるいはキノコ)料理を召し上がって食中毒になりました。食べる前にすでにおわかりになっていたようで、弟子たちには食べないように、私が食べた後はすべて捨てなさい、とお命じになったそうです。現在でも僧は托鉢していただいた供物を捨てることはありません。そしてお釈迦様は差し出した人を責めないように功徳をほめたたえ、次の町へと衰弱した身を押して旅立たれました。そしてそこで弟子に命じて沙羅双樹の下に寝床をしつらえさせ、そこに横たわって入滅されたのです。弟子に「泣いてはいけない、嘆いてはいけない。私は説いてきたではないか。愛するものとはいつかは別れる、生まれたものはやがて滅する」と言われて弟子の献身的な帰依とその徳を讃えました。そして「修行者たちよ、すべては過ぎゆく。怠ることなく修行を続け、完成させよ」との言葉を最後に、静かに入滅し、涅槃に入ったと経典は伝えています。これが諸行無常の原点です。
こうした法話が涅槃図と共に説明されます。寺によって多少の違いはあると思いますが、内容は同じことを説いています。涅槃会については多くのサイトがありますので、実際にお寺に行けない方もぜひ一度ご覧になってみてください。仏教の本質がわかるのではないかと思います。ちなみにお釈迦様の誕生日の灌仏会(かんぶつえ)、成道会と涅槃会が三大法会となっています。仏教が盛んであった昔は各寺で盛大な法会が営まれていました。とくに疫病が流行ったり、日照りや戦、震災など社会不安が大きい歳は人々は祈りを捧げてきました。

この数年の社会不安の時は昔を偲んで法会に参加してみるのもよいのではないでしょうか。どこのお寺でも仏教徒でなくても檀家でなくても、寛容に受け入れてくださると思います。これは本来は宗教行事なのですが、平安時代から続く日本の習俗でもあり、欧米のクリスマスやイースターと同じく、意味を考えることも大切ですが、伝統を偲ぶことの大切さを学ぶ意味もあります。

涅槃会

社日

社日

新暦3月15日は旧暦如月12日です。2022年は3月16日が社日(しゃじつ)という雑節です。雑節(ざっせつ)とは、二十四節気・五節句などの暦日のほかに、季節の移り変りをより適確に掴むために設けられた特別な暦日のことで節分、彼岸、社日、八十八夜、入梅、半夏生、土用、二百十日、二百二十日の9つが該当します。場合によっては最初の望月、小正月、盂蘭盆会(お盆)、大祓(おおはらえ)などを加えることもあります。これも本来は旧暦で行うものですが、季節の移り変わりは太陽暦の方が実感がある場合も多く、まもなく来る春分の日は太陽暦で新暦なのでそれに合わせて社日も新暦で公知されます。最近は節気や節句も新暦で行う習慣になってきています。それにしてもこうした情報はテレビの天気予報の時間で時々紹介される程度でだんだん廃れていきそうです。

社日 (しゃにちと読むこともあります)は 産土神 (うぶすなのかみ、生まれた土地の守護神)を祀る日とされています。. 産土神はその人が生まれる前から死んだ後までを守護する神とされており、移住しても一生を通じ守護してくれると信じられています。 産土信仰は、氏神が氏子との関係が血縁により成立しているのに対して、産土神は地縁による信仰であり、その意識が強く表れるのは 都市において顕著になります。 例えば京都では同族集団の結束が弱まるにつれ地縁による共同体意識が形成されました。中世には稲荷神社、御霊神社、賀茂神社、北野神社 など神社を中心に産土神を基にした産子区域の観念 が発達しました。氏子とよく似た側面もあり、今日では実際に産子と峻別されているかは疑問です。

社日は春と秋にあり、春のものを春社 (しゅんしゃ、はるしゃ)、秋のものを秋社(しゅうしゃ、あきしゃ)といいます。.「社」とは土地の守護神、土の神を意味します。.春分または秋分に最も近い戊(つちのえ)の日が社日となります。ここは旧暦の干支なのです。それで2022年は3月16日が該当します。.ただし戊と戊のちょうど中間に春分日・秋分日が来る場合(つまり春分日・秋分日が癸 みずのと)の日となる場合は、春分・秋分の瞬間が午前中ならば前の戊の日、午後ならば後の戊の日とするという決まりもあるそうです。またこのような場合は前の戊の日とする決め方もあるとのことです。結構面倒な決まりなので、旧暦こよみが便利です。暦日が変動するのは欧米でも同じで復活祭は規則に従って変動するので例年ローマのバチカンが公開しています。

春の社日には五穀の種を供えて豊作を祈願し、秋の社日にはその年の収獲に感謝することになっています。おもしろい習慣としては、春の社日に酒を呑むと耳が良くなるという、ノンベーにはうれしい風習があり、これを治聾酒(じろうしゅ)というそうです。聾が治るわけではなく耳の遠いのがよくなるとのことです。普段耳の痛いことばかり聞かされている人はこの日に飲酒すると痛みが取れるかもしれません。飲酒のせっかくの機会なのに酒造メーカーはあまり宣伝していません。また治聾酒という銘柄はないようです。治聾酒は季語にはなっており俳句もあります。ただ酒を飲めばよい、というわけではなく産土神にお供えして、そのお下がりをいただくのは当然のことです。「産土」という銘柄の高級酒はあるそうですが、超高級なのでなかなか飲めないかもしれません。社日には、農業の厳しさ、酒造りの難しさなどに心を馳せて、地元の産土様に日頃のご加護を感謝しつつ、ありがたいお酒をいただくという習慣は悪くはないです。こうして季節の移り変わりを楽しみつつ、酒を飲むのはよいことでしょう。そうすれば深酒で体を壊すこともなく、飲んで暴れるようなこともなくなります。酒は静かに飲むべかりけり。

社日

万博記念日

万博記念日

3月15日は万国博デーです。1970年3月15日に開幕9月13日まで大阪で開催された万国博覧会、いわゆる万博の記念日です。その跡地が現在記念公園になっていて中心に岡本太郎作の太陽の塔が残っていますから、今でも訪ずれる人がたくさんいます。公園内には国立民族学博物館がありここを訪れる人もたくさんいます。公園でイベントが開かれることも多く、関西の人にはなじみのある場所です。1970年万博(EXPO‘70)はアジア初、かつ日本で最初の国際博覧会であり、当時史上最大の規模を誇りました。主催は財団法人・日本万国博覧会協会で名誉総裁は当時の皇太子殿下(今上陛下)、名誉会長は当時の内閣総理大臣佐藤栄作と国を挙げての行事でした。
「人類の進歩と調和」(Progress and Harmony for Mankind)をテーマに掲げ、77ヵ国が参加し、戦後の高度経済成長を成し遂げアメリカに次ぐ経済大国となった日本の象徴的な意義を持つイベントとして開催されました。日本においては1964年の東京オリンピック以来の国家プロジェクトで企業・研究者・建築家・芸術家らがパビリオン建設や映像・音響などのイベント制作・展示物制作に協力しました。大阪市など会場周辺市街地では万博開催への整備がなされ、道路や鉄道、地下鉄建設など大規模開発が進められました。

オリンピックの時には五輪音頭が作られましたが、この時も「世界の国からこんにちは」(万博音頭)が作られ、複数歌手の競演となりましたが、五輪音頭と同じく三波春夫の歌が一番受け大ヒットになりました。おかげで「1970年のこんにちは」という歌詞を今でも覚えている人も多いでしょう。もっとも若い人は知らないでしょうから、今の太陽の塔を見ても感慨は薄いかもしれません。

大阪万博の後もつくばの科学博とか花の万博(大阪)、愛知万博などいくつもの万博もありましたが、規模と動員数は当時世界一でした。一番行列ができたのはアポロ12号が持ち帰った月の石でアメリカ館は入場できなかった人も大勢いました。この後、地球に持ち帰ったのはソ連と中国の石がありますが、展示されてはいないので貴重なものでした。現在はアメリカのテキサス州ヒューストンのジョンソン宇宙基地で見られ、石はいくつかに分割されたため、日本の国立科学博物館(東京上野)と北九州市立いのちのたび博物館でも見られるそうです。入場者記録は上海万博(2010)に抜かれてしまいました。

万博はその時点での最新の技術が展示されるのですが、この万博ではサインシステム、動く歩道、モノレール、リニアモーターカー、電気自転車、電気自動車、テレビ電話、携帯電話、缶コーヒー、ファミリーレストラン、ケンタッキーフライドチキンなどが初めて展示されました。そのうちいくつかは現代社会で普及していて日常的になっていますが、一部はまだ開発中のものもあります。技術の進歩はものすごく速いのですが、中にはなかなか進歩しない分野もあることがわかります。

大阪市は現在2025年の万博開催を目指して奮闘努力中です。開催は4月13日から10月13日までだそうです。ただ1970年のようになるのかどうかは不明です。2021年にオリンピックが開催されましたが、コロナ禍もあって1964年の時のような盛り上がりはなかったので、大阪万博もなかなか大変かもしれません。科学技術がそれまでに大発展していることを期待するだけです。

太陽の塔

写真:【ブログ×フリー素材サイト】様より転載

ホワイトデー

ホワイトデー

3月14日はホワイトデーで男性には恐怖の日です。いつのまにか、もらったバレンタインギフトの倍返しの習慣になったそうで、それで義理チョコ廃止みたいな方向になったのでしょうね。ホワイトデーは商業主義がベースで、起源については諸説あります。そもそもはバレンタインのお返しに1か月後にマシュマロをお返しにどうですか、という菓子屋の発案だそうで、マシュマロデーにしたのをデパートがマシュマロのイメージからホワイトデーにしたという説があります。その数年後に全国飴菓子工業協同組合の幹部が集まってキャンディの販売促進のためにホワイトデーに便乗したという説もあります。組合は一応、起源として聖バレンタイン神父によって救われた男女が愛を誓ったのが3月14日だったという伝説からきたと説明しています。

ホワイトデーは日本独自の記念日で贈り物をもらったら返礼するという文化が背景にあります。似たような文化がある韓国や台湾にも今では浸透してきているようです。そもそもバレンタインにチョコレートを贈るという風習も日本独自で、以前のコラムにも書いたように、欧米でもクッキーやいろいろなお菓子を贈ることはあります。

近年、バレンタインデーに自分用チョコを買った女性はどうするのでしょうね。やはりホワイトデーには自分用に高級キャンディを買うのでしょうか。

返礼文化は日本に強く定着している文化で、「すみません」という表現も「このままでは済ませません」という意味の感謝または謝罪のことばです。後ほどきちんとしたお礼なりお詫びをいたします、ということを表現しているわけですが、外国人からすると感謝と謝罪が同じというのは何とも理解できないようです。感謝の簡略表現である「どうも」も「どうにも」から来ており、意味は曖昧で、挨拶であったり、不満であったり、理由や原因、根拠が曖昧な意味もあり、感謝が深い意味であったりして、文脈への依存が大きい表現です。それだけに外国人が正確に使うことが難しい一方で、言いやすく意味が広いので万能語として覚えるようです。文脈に依存するため抑揚による変化が多く、言い方を変えると逆の意味になることもあります。似たような表現に「けっこう」というのもあります。こうした曖昧表現が広く使われる背景には日本文化ではコミュニケーションにおいて、はっきりものを言うのではなく、空気を読んで言うことがあります。この空気を読むことが贈答にも表れていて、普通はいただきものをすると返礼しますが、半額か倍額か状況に応じて変わります。また賄賂のような場合では、品物でお返しするのではなく「見返り」として地位、情報、便宜が供与されることもあります。さらに複雑なのが義理チョコのようにやむを得ず贈ることもあり、これが外国人は理解できない風習です。そもそも義理という感覚がよく理解できません。それに対してお返しすることも義理だ礼儀だというのも理解不能で、恩だのそのお返しだのといわれても当惑するだけです。ただ誤解のないようにしていただきたいのは欧米には返礼という習慣がないわけではないのです。パーティに招待されたら返礼のパーティに招待します。ただ物のやり取りではないことが要点です。たとえば引っ越しをすると、日本ではご挨拶に粗品を配りますが、それに返礼することはまずないです。欧米の引っ越しでは近所の人が物を持ってやってきて挨拶をします。これをmoving showerというのですが、引っ越してきたばかりだと何かと不便でしょう、ということで簡単な食事とか身の回りの物を贈ってくれますがそれに返礼することはありません。こういう感覚は文化なのでなかなか習慣に慣れません。

サンドイッチの日

サンドイッチの日

3月13日はサンドイッチの日だそうです。例の語呂合わせかと思ったらサンとサンの間にイチが挟まれて(サンドされていて)いるからサンドイッチだそうです。考えオチでした。サンドイッチはイギリスのサンドイッチ伯爵が考案したとされています。それで彼の誕生日である11月3日もサンドイッチの日だとか。年に2度もあるのはずるいですよね。それならいっそ年3回にして三度にした方がいさぎよい、ってもんです。サンドイッチ(Sandwich)は個人名ではなくイギリスのケント州の地名でそこを治めていた貴族がサンドイッチ伯爵Earl of Sandwichなのです。ここの四代目が賭博に夢中でトーストに挟んだ牛肉ばかりを食べて過ごした、という伝説がありますが、これは俗説で、あるフランス人の紀行文でロンドンの社交界のゴシップとして「ある国務大臣の賭博狂いの話」として書き、その大臣を名前でその食べ物を呼んだ、と書いたことが元のようです。パンに何かを挟んで食べる習慣は古くからあり、サンドイッチ伯爵が発明したわけでもなく、この伯爵は忙しくて賭博などしている暇などなかったそうですから、不名誉な伝説が残って残念だったろうと思います。

サンドイッチが爆発的に広がった理由の1つが産業革命により工業労働者が増え、早くて手軽に食べられる食べ物であったことのようです。日本でも江戸時代に町人が手軽な食べ物として蕎麦や握り寿司などが広がったのと理由が似ています。サンドイッチのスタイルがアメリカに渡ってハンバーガーになりました。ローストビーフより安価なジャーマンステーキ(ハンバーグは日本名)と野菜を挟んで手軽な安価な食べ物として人気が出ました。日本でサンドイッチというと白いパンに挟んでカットしてあるイメージですが、きれいに箱に入っているのを見て来日した外国人観光客は驚くようです。欧米では普通にパンに挟むだけです。耳を切るのはどうやらイギリス風を真似たようです。パンも食パンだけではなく、ロールパン、ベーグル、クロワッサンなどがあり、日本でも最近そういうスタイルの店がでてきました。オランダでは朝食の定番に食パンにハムやチーズ、野菜、魚などを載せるか挟むかして、ナイフとフォークで食べることが多いですが、サンドイッチとは呼んでいません。アメリカにはルーベンサンドイッチというのがあり、基本はパンにコーンビーフにザワークラウト、スイスチーズなどを挟みサウザンドドレッシングをかけるタイプのものがあります。今ではコーンビーフだけでなくパストラミとかコールスローなどを挟むこともあります。発明者がルーベン・クラコフスキーという食料商であったことからこの名がありますが、どちらかというと田舎料理です。ニューヨークでアーノルド・ルーベンというレストランオーナーがありあわせの材料で作ったのが始まりという説もあるようです。日本ではハンバーガーとサンドイッチは別物ですが、アメリカでは同じ扱いになっています。ハンバーガー・サンドイッチという表現もあります。バーベキューで挽肉や薄切りステーキを焼いてバンズに挟んで食べることも多く、それもサンドイッチと呼びます。欧米では日本のような食パンはほとんどなく、トーストにするのも薄くて小さいものです。食パンは日本食です。

アメリカではレストランでハンバーガーというと日本でお馴染みのマクドナルドなどのようなバンズに挟んでくるタイプではなく、お皿の上に中身が順番に並べてあり両端にバンズがおいてある料理が出てくることがあります。レストラン料理なので、とても挟んで食べられる量ではなく日本でいうハンバーグ定食のような感じになっていて、バンズがおいてあるからハンバーガーというだけ、という感じになります。サンドイッチは案外奥が深い食べ物です。

サンドイッチ

サイバー検閲

3月12日は世界反サイバー検閲の日です。近代の戦争は電子戦争と呼ばれるようにサイバー攻撃が中心になってきていますが、サイバー攻撃は戦時だけでなく平時にも行われています。そこで攻撃を防御するためにサイトをチェックして怪しいサイトを削除することが日常化しています。しかし怪しいかどうかの判断はサイトやプラットフォームを運営側の価値判断ですから、微妙な問題を含みます。そこでまずサイバーとは何か、検閲の問題を考えます。

Cyberは単純語ではなく接頭語です。サイバー〇〇のような語を形成します。接頭語ということはre-やpro-のような意味をもつが語でない言語単位です。接辞あるいは拘束形態素といいます。この語の語源はギリシア語で「操る、統べる」の意味をもつ接辞でした。そこからサイバネティクスcyberneticsという研究分野が電子工学に創成されました。日本では自動制御学と呼んでいます。こういう命名法はよくあり、「動く」という意味のkine-と合成してkinetics動作学という感じです。サイバネティクスから逆成されてサイバー空間とかサイバー検閲のような語が形成され現在のように電子工学とかコンピュータ科学、情報通信の用語として広がったものです。

同じような語形成としてecologyからエコだけが独立して使われていますが、economyと同じような使われ方をしていて混乱が生じています。実はecoという接辞は古代ギリシア語では「家庭」という意味の同じ単語ですから、本来、同じ意味だったのです。接尾辞の-logyはlogos(論理)から-nomyはnomia(ルール)の意味でしたから、似ていても不思議はないのです。ところが日本語に訳された段階でecologyは環境、economyは経済となったため、混乱したような感じになったわけす。このように語源から探ると意外におもしろい発見があります。

世界反サイバー検閲の日は「国境なき記者団」と「アムネスティ・インターナショナル」により2008年に制定された比較的新しい記念日で祝日というよりインターネット上の表現の自由を守るため、という運動です。世界にはネット検閲や情報操作が行われている国は少なくなく、一方でどの国でもいわゆる公序良俗に反する表現は制限され検閲されています。自由といってもなんでもよいということにはならず、どこで線引きするかは悩ましい問題です。このため表現の自由についてはいつも議論になり、裁判にもなります。誹謗中傷、名誉棄損など定義が非常に難しい問題です。そして誰がその判断をしているのか、がさらに問題です。最近は膨大な情報量の検閲をするのに人間では追いつかないので人工知能(AI)を用いることも多いのですが、機械自体に判断力があるのでなく、あくまでも人間が集めたデータを元に過去の判断基準を統計的に当てはめているので、絶対に公正で偏見がないとまではいいきれません。

情報を発信する側と受信する側は人が違うので価値観も違います。被害は受信者側の判断であり伝達手段をもつ側はそれを想定して検閲を行うのですが、時には伝達者の価値判断が介入してくることがあります。また第三者がその是非を判断することもあります。その第三者が国家である場合が一番問題となるのですが、独裁者がいるとさらに問題が大きくなります。情報伝達やその手段である通信は物理的な技術で、それがサイバネティックスなのですが、いざ社会に実装されて利用が広がると、社会的な問題、とくに政治的な問題を引き起こすことがよくあります。その典型例としてサイバー検閲について是非を考えてみるのに良い機会が反サイバー検閲の日です。