大つごもり

大つごもり

大晦日の別名が大つごもりです。月末を晦日(みそか)といい、年末が大晦日です。晦日の別名がつごもりなので、年末が同様に大つごもりです。みそか、という表現もいいのですが、つごもり、という音がなんとなく押し迫った感じが出て、好みです。みそかというのは三十がミソなので、30日の意味です。月末が30日とは限らないため、月が籠るという意味でのつごもりという表現があったようです。とにかくこの日にはその月のツケを支払う商習慣でした。それでも払えない場合は翌月に延ばします。それも年末が限界、ということで、年末には商店の奉公人は顧客の家を回って支払いを求めます。これを掛取りといいました。今は借金取りになっていますが、掛取りの債権者と債務者の攻防戦が落語のネタになっています。

ずはり「掛取り」という落語では、掛取りに来る人の趣味に合わせて言い訳をして、来春までの延期を勝ち取る、という凄腕の熊さんが主役です。そんな腕があれば金策もできそうなものですが、それはさておき、演者によって前半がいろいろなバリエーションがあるのも楽しみですが、オチは芝居好きの醬油屋相手の言い訳です。芝居ごころがないとわかりにくいのですが、随所に洒落が入ってなかなかの噺です。

大晦日には除夜の鐘、年越しそばなど伝統的な日本の風物があります。地方によっては大晦日に正月料理を食べる、という地域もあります。昔の宮中では追儺(ついな)という鬼払いの行事があったことが古典文学には出てきます。今ではこれは節分の行事として庶民に伝わっています。除夜の鐘は仏教の習慣で108回撞くことになっています。なぜ108回かというと煩悩の数ということになっています。この煩悩をすべて言える人はまずいないでしょうが、何となくみんな数だけは知っています。実はこの説の他に、月数が12、二十四節気の24、七十二候の72を足して合計108なので1年間を表すという説もあります。いずれにせよ、1年間の垢を落として、新しい歳神様をお迎えする、という風習です。もっとも最近のお寺では1撞き〇〇円とお金をとるところもあり、そうなると108どころか何回でもOKという寺も増えてきました。

本来、寺の鐘は時報の役割をしていて、毎日定時に撞くものなのですが、最近は誰も寺の鐘で時間を知ることもなくなり次第に廃れて、大晦日だけになってしまいました。暮れ六つの鐘といった時報がセリフに入る芝居や落語もだんだん感覚がわかりにくくなりました。
「時蕎麦」(江戸)もしくは「時うどん」(上方)の「今何時(なんどき)」という意味が伝わるのはいつまででしょうか。

本日は大つごもり。良いお年をお迎えください。

除夜の鐘

餅搗き

餅搗き

餅搗きは日本独特の風習ですが、最近は見なくなりました。ほとんどの家庭ではスーパーでプラスチック型の鏡餅を買ってくるのではないでしょうか。最近はこの鏡餅型の中身はパックされた切り餅が入っていて便利という商品も売られています。搗きたての餅が食べたいという人には餅つき機があります。臼に杵で搗くというのはイベントでもないと見ることはないと思われます。

落語「尻餅」では昔の餅搗きの風景が出てきます。「賃搗き」という商売があって、主に農家の副業だったようですが、餅搗き道具一式を持って若い衆数人と家々を回って餅を搗き賃料をもらうという商売があったそうです。家では糯米(もちごめ)を準備しておき、台所で米を蒸かすところから搗き上げまで全部やってくれるのですが、時間がかかるので酒をふるまったり、祝儀を出すのが普通だったようです。賃料で搗くので「ちんもち」というのですが、子供の頃はまだこの言葉が残っていました。地方によっては、家で搗かないで買ってくる餅をちんもちという所もあるようです。

搗いた餅を丸めるか平たく伸ばすのですが、これも地方性があります。平たく伸ばすのをのし餅、丸めたものを丸餅というのが一般的ですが、関西地方ではかまぼこ型に丸めるものを「ねこ餅」というようです。

餅も普通にまとめたものの他に、中に豆を入れたり、砂糖を入れたり、色素を入れたりするものも多く見られます。沖縄では黒糖を入れる餅もあるそうです。

できたての餅を食べるのは楽しいものですが、砂糖やアンコの他に、納豆、大根おろし、ずんだ、などいろいろな食べ方があるのも日本的です。

手話で正月は<1月1日>が標準ですが、<餅をまるめる>で正月を表現することもあります。ある南方の島の方言では<豚を殺す>が正月を表す方言があります。この地域では昔は正月にのみ豚肉を食べるからです。豚肉は高級品であり、普段は山羊肉だったのです。今ではこの風習も終わっていますが、手話に古い習慣が残っているわけです。手話方言に限らず、地域の習慣は方言に残っています。地域ではそれが当たり前すぎて、他の地域も同じと考えがちです。地方出身者が都会に出てきて初めて自分の地域が全国区でないことを知ることは大いにあります。一方、都会で生まれ育った人は地方のことを知る機会があまりありませんから、都会の習慣が全国区だと思い込んでいることが多いのです。しかしそうした習慣も年月とともに変化していくのも宿命です。餅そのものはあまり変わりませんが、餅搗きは変わってしまいました。

餅つき

煤払い

煤払い

煤(すす)という字もほとんど見られなくなりました。煤払いという年末の行事もお寺などでしかいわれない風物となりました。今は古民家でもないかぎり、家の中に煤がある家はないと思われます。昔は竈(かまど)だけでなく、囲炉裏や火鉢のような暖房器具、ランプや蝋燭(ろうそく)行燈(あんどん)などの照明器具も煤が出る物でしたから、しょっちゅう掃除が必要でしたし、仏具や神棚など普段あまり掃除ができない所は年末に大掃除するわけです。そして新年の新端(あらたま)を迎えるのが年末行事でした。

煤は炭素の塊ですから、そのまま捨てるのではなく、習字の墨の原料にもなり、塗料の原料にも使われました。こうすれば炭素は固定化されるので、現代でいう二酸化炭素削減にも役立っていました。燃料としての炭は木材を炭化させたものですから、燃焼効率はよい一方、二酸化炭素や一酸化炭素が出ます。有機物を燃焼させれば二酸化炭素や一酸化炭素がでるのですが、すべてがそうなるのではなく、一部は炭素となって空中に飛散します。それが煤です。その煤は再燃焼させることは可能なのですが、そうすると二酸化炭素や一酸化炭素が出ますから、そのまま固定化して活用するのが現代の理に叶っています。

実際の煤払いの煤は炭素だけでなく、ほこりなどと結合しているので、そのままでは墨や顔料には使えません。炭素だけを取り出して、膠(にかわ)などで固める必要があります。そのためには燃料が使われるので、単純に煤の利用が炭素の固定化とはいえません。

実はこうした二酸化炭素削減技術は似たような過程になり、理念的には削減になっても現実的にはあまり削減にならない、ということも知っておかねばなりません。この原理はこれからの水素生産にもいえることです。

煤は手に付いたりして汚れの原因なので、掃除することになりますが、実は仏像などの表面に炭素が付着しているのは防湿、防腐の効果もあるので、あまりきれいにするのも却ってよくありません。そこで仏像などは表面の埃だけ払いのけて、付着した煤はそのままにしますから、仏像の多くは黒くなっています。それが煤払いです。そしてそれが長年維持されてきた理由でもあります。煤は汚いものではなく、煤竹(すすだけ)といって、囲炉裏の上で燻して表面が煤で黒くなった竹を磨いたものは高価な材料です。

黒い木炭の粉に硫黄と硝石を混ぜたものが黒色火薬で、忍者の爆裂弾や、銃の弾丸の火薬に使われます。現代では花火の主たる火薬として利用されています。
煤は昔から今も有用な原料ですから、無碍(むげ)に邪魔者扱いしないで、再利用することの重要さを思いながら、煤払いをしてみてはどうでしょうか。

煤払い

里帰り

里帰り

日本では盆暮れの里帰りという江戸時代からの風習が未だに続いています。昔の奉公人には休日という習慣はなく、住み込みで食事の賄いつきで仕事をし、年二回お休みがでるわけです。そして労働を通じて技術を学び、将来は暖簾分けという独立に際してはお店が資金の支援をするというシステムでした。ベテランの奉公人になれば、住み込みでなく通いも可能で、嫁とりして暖簾分けというのが当時のビジネスモデルでした。貧しい農家や職人の家では、次男以下の子供を口減らしとして奉公に出し、立派な商人にするというのも夢でした。女の子は女中奉公に出し、こうした商人の嫁になる、ということも多かったようです。奉公人は里帰りに給金や土産をもたせる、ということもあったようです。日本のボーナスが盆暮れに出るのはこの習慣を引き継いでいるといえます。

今の視点からすると、労働搾取のように見えますが、欧米のような奴隷制度とは異なり、それなりに合理的な社会システムであったといえます。明治になって、富国強兵政策として下級武士や農民の子弟を軍人にするという雇用政策に転換となり、このビジネスモデルは衰退し、給料制度が普及していきました。それでも雇用主と奉公人の間には、昔のような親子関係に似た世話という観念が残っており、それが忠義という道徳観念を形成していました。落語によく出てくる「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」という賃貸借関係にも親子関係の延長があり、ヤクザや岡っ引きにも親分、子分という関係がありました。ヤクザ稼業では、オヤジとかオジキのような呼称が今も残っているようです。政治の世界では未だにオヤジと呼ぶ習慣が残っているのも古さの証です。

昔の里帰りの習慣はいまでは帰省という表現に変わってきています。帰省は都市圏から出身地の地方の実家に帰ることを意味します。つまりそれだけ多くの人が地方から都会に出稼ぎに来ているということです。出稼ぎというのは本来臨時雇用であり、地元には家族がいるような雇用形態ですが、今では出稼ぎが減り、都会でそのまま家族を構成し、帰省も主として夫の出身地の実家に行くことを意味することが多いと思われます。

家族が祭りに集合するのは外国でも普通に見られることで、欧米ではクリスマスがそれにあたります。アジア圏では正月がそれに該当し、日本は新暦のため、この時期になりますが、旧暦正月の国ではその時期になります。正月は春の始まりなので春慶節と呼ぶところもあり、人の移動が多いことがコロナ禍では問題になりました。

この里帰りという習慣も核家族化が進み、地方の高齢者が減るに従い、やがては消滅する習慣かもしれません。とくに夫の実家に行く、ということへの男女差別的抵抗感も増えていくであろう、と想像しています。

里帰り

御用納め

御用納め

今週に御用納めの方も多いと思います。会社勤めの方が多いので、なんとなく御用納めから年末年始休暇に入るのが当たり前のような感覚になりますが、実際にはお店をやっている方は年末年始の方が忙しいです。人が休んでいる時こそ稼ぎ時という商売は結構多いものです。

欧米は27日から勤め始めです。26日までがクリスマス休暇で休みです。国にもよりますが、クリスマス中は休む商店がほとんどです。そのため旅行者や独身は生活にも困るくらいです。留学生などは帰省する友人の家庭に招かれて一緒にクリスマスを過ごすことも多いです。そもそも休日holidayは別名安息日といい、休むというよりも仕事をしてはいけない日であり、ひたすら神への感謝をする日なので、戒律の厳しい宗派のキリスト教やユダヤ教では毎週の安息日には家事すらしません。イスラエルにはシャバト・エレベータといい、シャバト(安息日)には各階に自動的に止まりドアが自動開閉するエレベータがあるくらいです。エレベータのボタンを押すことも仕事と考えられているからです。エレベータ操作は専門の男性か女性がいるからです。日本でも昔のデパートにはエレベータ・ガールがいました。ユダヤ教徒には12月にはハナカという別の最大の祭がありますが、キリスト教徒にとってクリスマスとイースターが最大の祭ですから、普段はあまり敬虔ではない人も家族が集まって、みんなの無事を感謝したり、世界平和を祈ったりします。

世界的な視野で眺めると、25日以前は休暇で仕事をしない欧米人とその期間は暮れで忙しく働いている日本人を含めたアジア人がいて、25日以降から休みに入るアジア人に対して、年末で忙しく働く欧米人がいる、というおもしろい現象になります。アジアは基本的に正月休みが多いのですが、ほぼ完全に西洋歴に合わせている日本のような国と旧暦といわれる太陰暦で生活している国があります。そこでは正月も旧暦です。かつてベトナム戦争の頃、アメリカ軍はクリスマス停戦、ベトナム軍はテト(旧暦正月)で停戦であり、結果的に1カ月以上の停戦期間が出来上がり、それが永久的な停戦へとつながっていったという歴史があります。当初は相手が休んでいる時こそ攻撃のチャンス、という考えでしたが、戦争も長くなってくると、互いに停戦を求めるようになり、祭がその機会になります。争いごとも相手の文化を理解しあうようになると、自然に収まるようになります。勝ち負けにこだわりすぎると戦争が長引きます。英仏戦争のように文化も習慣も似ていると百年も続くことになります。

さて題の御用納めですが語源は官庁用語です。江戸時代から御用というのは役所の仕事のことです。日本は役所の休みに民間が合わせるという官尊民卑が今も続いています。

御用納め

年の瀬

年の瀬

瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に逢わんとぞ思ふ
これは崇徳院の和歌(小倉百人一首)で有名で、落語でこの歌の意味を知った人も多いかと思います。むろん百人一首で覚えている人も多いと思います。
この歌と落語の意味は後日にするとして、この歌を取り上げたのは「瀬」という意味が明快に説明されているからです。瀬というのは川の流れが浅くて急流になっている所のことで、転じて慌ただしく駆け回っている様子を表している日本独特の表現です。師走というのは普段はおっとりしている師匠でさえ金策に走り回っていることがイメージされて、これもおもしろい表現だと思いませんか。実は師走の師は先生ではなく本来は僧侶のことだそうで、仏名会(ぶつみょうえ)という行事でお経をあちこちで上げるのに忙しく走り回っている、ということだという説があります。仏名会は今でもしているお寺もあり、三千体あるとされる仏の1体ごとにお経を上げ一年の懺悔と感謝をする行事だそうです。確かに時間がかかりますから、30日までに終えようとするとそれは大変だったでしょう。
世間も今月中に一年分の借金(ツケ)を清算しないといけませんので、金策に走り回ることになります。昔の生活では物品の購入はツケ払いでした。普通は毎月末(晦日)に払うのですが、つい先延ばしして、年末(大晦日)にまとめて払わねばならない破目になるということになっていました。そのドタバタ(瀬)が面白く描かれている落語がたくさんあります。有名な「芝浜」とか「文七元結」「富久」など長い人情話の大ネタ他にも「尻餅」のような滑稽話もあります。確かに落語の師匠連もあちらこちらの寄席を掛け持ちで走り回ったでしょうから、忙しかったことでしょう。昔は寄席で噺を聞いたのですから、暮れの忙しい時に、のんびり長い噺を聞きに行くだけの余裕があったのか不思議でなりません。
今の日本はベートーベンの「第九」を聞きに行くという日本独特の習慣があります。なぜ第九なのかよくわかりませんが、ベートーベンの最後の交響曲だから、という説を聞いたことがあります。とくに合唱部分が人気で、合唱好きの人が大勢で演じることができるので普段の練習の成果を示す機会ということで楽しみにしている人も大勢います。市民マラソンみたいな感覚なのでしょうか。しかしこちらも暮れの忙しい時に練習に精を出し、あるいは高いチケットを買って見に行く人が多いというのも不思議です。
師走にはいろいろ異名(いみょう、別名)も多く、黄冬、弟月、親子月と掲載できないほどたくさんあります。私の好みは春待月、晩冬、氷月などです。臘月、臨月などというのもあるそうですが、別の意味の方が知られているので、月名としてはイマイチという感じです。それにしても日本文化は凄いですね。英語のDecemberは起源としては10の月という単純な命名ですから。なぜ12月が10番目なのかは別の機会に説明します。

師走

クリスマス・ツリー

クリスマス・ツリー

最近はクリスマス・ツリーを飾る家庭も少なくなってきているようです。理由は日本の住宅には飾るスペースがないからで、小さい子供のいる家庭でプラスチック製のミニチュアを置く程度だと思います。そしてクリスマスが済んだら捨てるか、すぐに片づけているようです。

欧米では今でも大きなクリスマス・ツリーを飾り、オーナメンツと呼ばれるきれいな飾りつけをするのが12月の楽しみな行事となっています。このツリーの周りにクリスマスプレゼントの箱を並べておくわけです。ツリーはモミの木で、12月に入ると植木屋やガーデニングの店だけでなくスーパーやガソリンスタンドなどでも、いろいろなサイズのツリーを売っています。プラスチック製もありますが、ほとんどは生の木を買います。

このモミの木、明らかに寒い地域の針葉樹です。南欧では本来ないものですし、イエスキリストの生誕地エルサレム地方にはありませんから、主としてドイツ地方の習慣であり、今でもドイツ各都市ではクリスマスショップが盛んなので、ここから広がっていったと思われます。さらに北欧ではツリーを飾ることは少なく、町中にハートマークの飾り付けが溢れます。日本でクリスマス・ツリーが流行ったのもアメリカの影響と思われます。モミの木はありますが、それほど多くないので、生の木を飾る家は少ないようです。アメリカでは山間部に行くとモミの木畑と呼ぶのがふさわしいモミの木が一面に植えてある場所があり、それぞれ小さいものから大きなものまで同じ背丈の木が植えられています。これを切って都会で売るわけです。そして切った後は植林しています。

欧米でモミの木のツリーを飾った家は普通枯れるまで家に飾っています。理由はモミの木の香りがよく、体に良いと信じられており、とがった葉が魔除けになると信じられていることにあります。モミの木の葉はすぐに乾燥しパラパラを落ちてきます。1カ月持たせるには水揚げが大切で、手慣れた人は木を買う時に新鮮なものを選び、1週間ほどバケツの水で水揚げをして、1日ほど逆さにして末端まで水分が行かせておいてから、飾りつけをするという手の込んだ方法をしています。それでも正月過ぎにはパラパラを落ちてきますから、プレゼントが置いてあった場所は落ち葉だらけになります。せっせと掃除する家もあれば、隅に寄せて置いておく家もあります。本物の暖炉がある家では葉を燃やすと香りが出るので、それを楽しむ家もあります。枯れた幹も薪になります。だから環境にいい、ということにはならないと私は思います。というのは最近の考え方では木は二酸化炭素を吸って成長するので、木のままにしておくことが炭素の固定化になり、燃やすのと二酸化炭素が発生するので、できるだけ燃やさず木材として使うのがSDGsに役立つというわけです。それで近年木造建築が増加しています。

クリスマスツリー

クリスマス

クリスマス

欧米つまり多くのキリスト教徒はクリスマス・イブに深夜ミサに参加して、世界平和などを祈る習慣があります。夜パーティをする人もいないわけではないですが、敬虔な人は翌日の昼にディナーを食べて、お酒を飲んでお祝いをします。午前中はクリスマス・モーニングといい、深夜ミサで寝不足なので、少し休息したり、子供たちのお楽しみであるプレゼント交換をしたりします。12月になるとクリスマス・ツリーを飾り、その前にプレゼントを置きます。通常は家族全員に贈るので、5人家族なら2個のプレゼントが置かれて、誰から誰へのどんなプレゼントなのか、ワクワクして待つわけです。そしてクリスマス・モーニングに1つずつ開けながら、贈り主に感謝の言葉を述べます。これは家族がお互いの趣味やら好みがわかっている、つまり愛していることの証なのです。小さい子にはそれができませんから、サンタクロースからのプレゼントがあるわけです。

サンタクロースのあの赤い衣装は昔から決まっていたわけではなく、コカ・コーラが雑誌の宣伝に載せて以来、そうなってしまいました。サンタクロースの起源は諸説ありますが、私は北欧のnisseニセという妖精が元になったという説を信じています。ニセはいろいろな色の服をきており、Father Christmasのお手伝いをしています。これらの伝説が一緒になって現在のサンタクロースになったのではないでしょうか。

クリスマスのディナーは国によって違いますが、アメリカではターキーとパンプキンパイという感謝祭と同じディナーの家庭が多いようです。ターキーは日本ではなじみがないのでチキンで代用しました。ターキーは普通クランべり・ソースかグレイビー・ソースで食べます。白身と赤身があるので、大きなターキーの丸焼きを切り分けるのがお父さんの役割とされており、カービングナイフとフォークでリクエストに応じて部位をスライスして配れるようになると一人前のお父さんということになります。また焼く時に中にポテトやオニオン、パンなどの詰め物をするのですが、これをスタフィングといい、肉汁がしみ込んでいて、楽しみの1つです。付け合わせはマッシュポテトが多いです。豚肉好きはもも肉をシロップなどで甘く光沢をつけて焼いたハムを食べます。ハムというのは元々もも肉のことです。牛肉好きはリブ・ローストです。どれもおいしそうです。

スイーツはパンのようなフルーツケーキ(ドイツではシュトーレン)で中身はドライフルーツ、ナッツなどで、周囲を水あめで固めてカチカチにするタイプもあります。そして赤白の縞模様のステッキ状のミントキャンディも有名です。シュガークッキーとかジンジャーブレッド(クッキー)など日本とはまったく違うお菓子が定番になっています。パイもいろいろあって、ミンス・パイという香辛料の聞いたひき肉をパイにしたものも有名です。ミンスは肉を挽くという意味で日本でメンチというのはここから来ています。
飲み物も日本ではシャンパンが多いのですが、アメリカではエグ・ノグという独特の飲み物をクリスマスに飲みます。既製品をスーパーでも売ってますが、ミルクセーキにシナモンのフレーバーがついたものです。これにラムやウオッカなどのスピリッツを入れるのですが、飲みやすいので飲みすぎてしまうのが難点です。卵の黄身とミルクで胃壁をコーティングしているから、大丈夫とアメリカ人はいいますが、肉を飽食した後なので、日本人にはけっこう胃にくると思います。子供は無論飲めませんから、アップルサイダーです。サイダーも本来はアルコールの入ったもので日本でシードルCidreといってますが、要するにサイダーCiderです。子供向けには透明のリンゴジュースです。日本ではサイダーという甘い炭酸水で、リンゴとは全く関係ないのですが、これもアメリカ文化を真似たものです。ついでにいうとラムネも元はレモネードなのですが、レモンは入っていません。

またしても日本の常識は戦後のアメリカ文化の風物の代用品が進化したものが多いですね。ヨーロッパはまた違う風物なのですが、それはまた来年のお楽しみに。

クリスマスプレゼント

クリスマス・イブ

クリスマス・イブ

日本ではなぜか24日にクリスマスをする家庭が多く、チキンとケーキを買ってくるのが常識になっています。これは正に「日本の常識」です。そもそもイブはeveningつまり前夜ということです。25日がクリスマスでChristmasとはChristはキリスト、masはラテン語で祭りの意味ですから、直訳すればキリスト祭です。そもそもキリストは苗字ではありませんが、その話は長くなるので別の機会に。クリスマスはキリストの誕生日であることは子供でなければ知っています。しかし誕生日の前夜を祝うというのはおかしくないですか?普通は誕生日そのものをお祝いします。その意味を知るにはキリスト教を知らねばなりませんが、そこはスキップして、簡単に説明します。「もろびとこぞりて」というクリスマスソングはごぞんじと思います。漢字で書くと「諸人挙りて」で「みんなで集まって」という意味です。原詞のLet every heart prepare Him room.を実にうまく訳しています。気になる方はぜひ英語版をご覧ください。こういう聖歌をクリスマス・キャロルといい、子供たちが家々を回って歌を歌うことをキャロリングといい、昔の子供たちの楽しみでした。前夜祭は楽しみの日なのです。

日本で食べるチキンはアメリカのターキー(七面鳥)の代用品です。クリスマス・イブのアメリカではチキンがまったく売れません。そこで考えたかの有名なチキン屋さんが日本に仕掛けた商品です。それ以前にもレストランではターキーの代わりに出していたようですが、大々的に「チキンの日」にしたのはチキン屋さんと、最近のコンビニです。ヨーロッパは基本的にロースト・ビーフの国が多いのですが、北欧では鹿肉とか豚肉とか普段食べないごちそうのこともあります。

クリスマスケーキといえば、今はブッシュドノエル(ノエルはクリスマスのフランス語)のようなものも増えてきましたが、日本ではストロベリーデコレーションケーキです。これも不思議ではありませんが?冬にどうして苺があるのでしょう。今ではそのために苺農家では温室で育てて、この日に合わせて出荷しています。それもケーキに映えるような形のものにして。本末転倒とまでいいませんが、不思議な「日本の常識」です。これも某有名ケーキ屋さんが始めた商習慣です。

戦後の風物として、駐留軍がクリスマス・イブにパーティをしている(NHKの朝ドラでもありました)のを真似て、キャバレーでお父さん達が三角帽を被ったりして飲んで騒ぐというのがありましたが、今ではすっかりなくなりました。

こうしてみると日本のクリスマス・イブはアメリカの影響とそれを真似した商法の結果根付いた習慣だということがわかります。

クリスマス

冬至の食べもの

冬至の食べもの

冬至はゆず湯に入って、カボチャのいとこ煮を食べる、というのが我が家の習慣ですが、ゆず湯は身体が温まるので意味はわかりますけど、なぜカボチャ、なぜ小豆、いとこ煮とはどういう意味、など子供の頃は不思議でした。昔、教わったのは、カボチャは南瓜と書き、ナンキンはンがついているから、運が付くというゲン担ぎだそうです。それなら南京豆(ピーナツ)でもいいのでは、と屁理屈したのも懐かしい思い出です。今はネットがあるので調べてみると、地域によってはコンニャク、ダイコン、レンコン、ニンジンなどを煮るところもあるようです。サツマイモというのもあって、これは別名を甘藷(かんしょ)というのでンがついています。しかしゴボウとか、里芋という地域もあって、単なる煮物にすぎない地域もあります。

ンが付くということでは、落語に「ん回し」(演者によっては「田楽食い」)という有名な噺があります。町内の若い衆が集まって、何かおもしろい嗜好はないかということで、豆腐屋に田楽を焼いて持ってこさせ、ンがつく度に1本、というルールで遊びます。最初は大根、人参など普通に2本ずつやっていますが、中にはキャベツなどと1本ももらえないヤツもいたりします。そして「先年(せんねん)、神泉苑(しんぜんえん)の門前(もんぜん)の薬店(やくてん)、玄関番(げんかんばん)、人間半面半身(にんげんはんめんはんしん)、金看板銀看板(きんかんばんぎんかんばん)、金看板『根本万金丹』(きんかんばんこんぼんまんきんたん)、銀看板『根元反魂丹』(ぎんかんばんこんげんはんごんたん)、瓢箪看板(ひょうたんかんばん)、灸点(きゅうてん)」と言い、「なんだって、もう一遍言ってみろ」と言われて繰り返して、86本せしめます。そこで…(と後は落語を聞いてください)。私はその後の下げよりも、この部分が好きです。とくに万金丹、反魂丹という昔の薬名とそれを書いた看板を骨董品として見た時、感動しました。

さて小豆はなぜ冬至なのかというと、赤は魔除けの色だからです。赤飯も今ではめでたい意味しかないですが、本来は「好事魔多し」といい、良いことがあると必ず悪いことが起こるので、それを避けるための魔除けをしたことに由来します。

いとこ煮というのは諸説がありますが、とくに南瓜と小豆でなくてもよいらしく、野菜同士は親戚なので、という説が私は好きです。煮物は普通、芋煮や筍煮などメインの野菜の名前がつくのですが、いとこ煮は目玉焼きと同じで、2語を組み合わせて別の意味を作り出す複合語であることがおもしろいと思います。

さて小豆ですが英語ではred beansといい、やはりンが付いているのは偶然でしょう。
小豆を煮て砂糖を入れるとアンコになります。こういうコジツケもおもしろいですね。

カボチャのいとこ煮