大つごもり

大晦日の別名が大つごもりです。月末を晦日(みそか)といい、年末が大晦日です。晦日の別名がつごもりなので、年末が同様に大つごもりです。みそか、という表現もいいのですが、つごもり、という音がなんとなく押し迫った感じが出て、好みです。みそかというのは三十がミソなので、30日の意味です。月末が30日とは限らないため、月が籠るという意味でのつごもりという表現があったようです。とにかくこの日にはその月のツケを支払う商習慣でした。それでも払えない場合は翌月に延ばします。それも年末が限界、ということで、年末には商店の奉公人は顧客の家を回って支払いを求めます。これを掛取りといいました。今は借金取りになっていますが、掛取りの債権者と債務者の攻防戦が落語のネタになっています。

ずはり「掛取り」という落語では、掛取りに来る人の趣味に合わせて言い訳をして、来春までの延期を勝ち取る、という凄腕の熊さんが主役です。そんな腕があれば金策もできそうなものですが、それはさておき、演者によって前半がいろいろなバリエーションがあるのも楽しみですが、オチは芝居好きの醬油屋相手の言い訳です。芝居ごころがないとわかりにくいのですが、随所に洒落が入ってなかなかの噺です。

大晦日には除夜の鐘、年越しそばなど伝統的な日本の風物があります。地方によっては大晦日に正月料理を食べる、という地域もあります。昔の宮中では追儺(ついな)という鬼払いの行事があったことが古典文学には出てきます。今ではこれは節分の行事として庶民に伝わっています。除夜の鐘は仏教の習慣で108回撞くことになっています。なぜ108回かというと煩悩の数ということになっています。この煩悩をすべて言える人はまずいないでしょうが、何となくみんな数だけは知っています。実はこの説の他に、月数が12、二十四節気の24、七十二候の72を足して合計108なので1年間を表すという説もあります。いずれにせよ、1年間の垢を落として、新しい歳神様をお迎えする、という風習です。もっとも最近のお寺では1撞き〇〇円とお金をとるところもあり、そうなると108どころか何回でもOKという寺も増えてきました。

本来、寺の鐘は時報の役割をしていて、毎日定時に撞くものなのですが、最近は誰も寺の鐘で時間を知ることもなくなり次第に廃れて、大晦日だけになってしまいました。暮れ六つの鐘といった時報がセリフに入る芝居や落語もだんだん感覚がわかりにくくなりました。
「時蕎麦」(江戸)もしくは「時うどん」(上方)の「今何時(なんどき)」という意味が伝わるのはいつまででしょうか。

本日は大つごもり。良いお年をお迎えください。

除夜の鐘