時の記念日

小学校では何かというとポスターを描く時間があります。昔は6月なると虫歯予防デーと時の記念日があり、どんな絵柄にするか悩んだ記憶があります。絵を描く時間はけっこう長いので、きっと先生は楽できる時間だったのでしょうね。それに描いた後で全員分を教室に貼られるのも嫌でした。絵の上手い子は得意だったでしょうが、絵の下手な子は晒し者みたいで、同級生からからかわれるのもつらかった思い出です。昔は、あるいは今でも、作品を展示することが多いのですが、比較されることが嫌いな子もいますし、苦手な子はさらに嫌いになるだけなので、そういう個性も尊重してほしいところです。とくに美術や音楽などアート系は上手下手が型にはまっているかどうかという大人の判断になるので、個性的なアーティストの芽をつまんでいるかもしれません。大人の同調圧力の素地が小学校にある可能性も高いです。
時の記念日は『日本書紀』にある天智天皇10年(671年)年6月10日、日本で初めて「漏刻」と呼ばれる水時計による時の知らせが行われたことを記念して制定されたのだそうです。それなら旧暦にすべきでしたね。大正9年(1920)、当時の文部省が「時」展覧会を企画し、この「時」展覧会の期間中に提案されたのだそうです。時の記念日の制定には、当時欧米の先進国から「日本人は時間の感覚に乏しい」とみられていたことから、時間に関心を持ち、規律正しく効率的な生活を習慣化する啓発の意味があったといわれているらしいですが、今から考えると信じられない話です。舶来コンプレックスでしょう。現在の日本は世界で一番時間に正確な国民といえます。とくに交通機関は正確で、少しでも遅れると車内放送で「お急ぎのところ、遅れまして申し訳ございません」というのは日本だけで、外国人がびっくりします。ほぼすべての文化を国際標準に合わせている航空機は定刻でないことがよくあります。バスはとくに落差が大きく外国では「バスは時刻表があってないもの」もしくは最初から時刻表がないのが当たり前です。日本語は時間と時刻を分けていますが英語などは同じ単語timeです。日本人でも区別をせず曖昧な使用をしている人がほとんどです。
当たり前のことですが、時の流れというのは昔も今も同じ速度です。しかし時代によって感じ方が大きく異なります。なぜかというと時間というのは人間の認識であって絶対的な物理量ではありません。時間は目に見えませんし動物は意識していません。太陽の動きは動物も理解しているでしょうが、月の運動は認知しているかどうか不明です。月の運動に連動する潮の満ち引きは認知している動物はたくさんいます。
時間が時代によって異なるならば、速度も時代によって変わるはずです。昔は日の入りや日の出がわかれば作業終了と作業開始ができますし、ほぼ1日単位で不便はなかったでしょう。長い日もあれば短い日もあります。時の鐘はほぼ2時間単位ですが、それも時々利用する程度で間に合いました。ところが現代は1秒単位で仕事している人が多くいます。科学者は人間の認知できない時間や距離、速度などを計測と計算によって利用しています。現代人は田舎に行くと時がのんびりと流れているような感覚になりますが、普段と比べているからで田舎の人にとってはこれが通常の流れで結構忙しいと感じるそうです。日本人が大正時代まで時間の感覚が乏しいといわれたのは一部の忙しい人が来たからにすぎません。今の日本人は外国にいくと時間感覚が乏しいと感じます。時の記念日にはのんびりと時を楽しむのがよいかもしれません。

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