別子銅山

元禄四年 (1691) 皐月九日(今年は6月7日)江戸幕府が豪商・住友家に別子銅山の採掘許可を出しました。住友はこの銅山開発をきっかけに発展しました。昭和48年に閉山されるまでの282年間に約70万トンの銅を産出、日本の貿易や近代化に寄与した事になります。そのため現在世界遺産登録を目指す運動が盛んです。
鉱山としては石見銀山が登録され、令和4年になって佐渡金山が世界遺産登録されたので、もしこの別子銅山が登録されると金銀銅が揃うことになります。銅鉱山は日本各地にあり、愛媛県の別子銅山の他に栃木県の足尾銅山、茨城県の日立鉱山など主なのが8つありました。銅は電線や屋根に使われることが多く、ビニールで覆われた中に銅線が入っているのを見たことがあると思いますし、調理器具にも銅製のものが多いので、馴染みのある金属です。銅が電気の伝導率が高く、熱伝導率が良いためです。比較的柔らかくて扱いやすいため古くから利用され日本の最古の貨幣である和同開珎も銅銭です。銅の英語はcopperですが、オリンピックなどの銅メダルはbronze medalです。ブロンズは青銅と訳されていますから、奇妙な感じがすると思いますが、青銅は銅に錫が含まれたものをいいます。金属を混ぜ合わせたものを合金といいますが、銅と亜鉛を合金したものが真鍮(しんちゅう)で黄銅ともいいます。他にも銅とニッケルの合金を白銅といいます。銅と亜鉛とニッケルの合金を洋白(ようはく)といい、これは明治以前には青銅の中でも錫の含有量が多く銀色に光るものを白銅と呼んでいたことから区別されるようになったからです。日本には古くから銅鏡が神具になっていますが、銅鏡は青銅製が多いのですが白銅製もあります。博物館などで見る銅鏡は青黒い色をしていますが、これは銅が錆びて緑青(ろくしょう)で覆われているためで、最初は光輝く鏡でした。そのため太陽の象徴として鏡が神器となったわけです。青銅は銅像にも使われることが多く、鎌倉大仏などの仏像や屋根にも使われます。神社などの屋根は青銅製もあり銅製もあります。合金である青銅、白銅、黄銅と比較されるようになって、純粋の銅は赤銅(しゃくどう)と呼ばれます。そこから日焼けした肌のことを赤銅色といいますが、日焼け止めにcopper toneとあるのは不思議な感じがします。ちなみに日焼けすることをsun tanというので、きれいに日焼けさせるtanningというのもあり、きれいな日焼けを小麦色と言っています。昔、銅はアカガネと呼ばれていました。そして金がコガネ、鉄がクロガネ、銀がシロガネです。漢字で書くと黄金、黒鉄、白銀となります。
銅の合金である真鍮は弾丸に使われることが多く、価格が急上昇する時は戦争が近いと金属市場では言われています。また銅より錆びにくいので、今でもドアノブ、鍋、家具の留具などに使われたのですが、メッキ加工やステンレスが出回るようになり、今では少なくなってきてアンティークな感じになっています。最近は見かけることが少なくなった五円玉が真鍮製です。十円玉は青銅製、五十円玉、百円玉、五百円玉が白銅製で一円玉(アルミ製)を除くと硬貨は広い意味で銅製です。銅などの金属はリサイクルが簡単なので、現在は輸入とリサイクルでまかなっているので、すべての銅山が閉山されました。戦後の五円玉は弾丸や砲弾の薬莢をリサイクルしたそうです。最近は硬貨を使うことが減ってきましたが、硬貨は集められてリサイクルされています。硬貨の用途が減れば銅像や弾丸、プロペラなどの材料になります。

銅山