伊能忠敬

寛政12年閏4月19日伊能忠敬一行が第1次測量として自宅から蝦夷地に向けて出発しました。当時、伊能はすでに55歳と高齢でした。55歳といえば現代では働き盛りというイメージで定年も60歳からさらに延長されるような傾向にありますが、つい最近(1986年)まで55歳が定年でした。これが次々に引き上げられていったのは明らかに高齢者対策というか年金問題があります。江戸時代には還暦という行事もあり、そこそこ高齢化してはいたのですが、それでも高齢には違いないです。弟子3人と下男2人を連れての徒歩による測量旅で以後十次にわたる日本全国測量の旅の始まりです。伊能は文政元年(1818)4月13日に74歳で亡くなるまでほぼ20年にわたり地図作成に生涯をかけたわけです。伊能の生涯については教科書だけでなく、小説やドラマ、アニメ、漫画にもなっているので誰もが知っていますが、最近また映画になりました。「大河への道」が公開されます。この映画は解説によると落語家立川志の輔の落語が原作で、伊能忠敬が登場しない伊能忠敬物語だそうです。志の輔も出演するそうなので興味がわきます。
伊能忠敬については数多くの解説があるので、詳しくはそちらを検索していただくとして、ここでは伊能の測量法の解説をしたいと思います。
三角形の形を決める方法に1.三辺の長さ2.二辺と間の角度3.一辺と両端の角度という基本はごぞんじと思います。1.の方法は測量としては一番簡単なので今でもよく使われています。地面の広さを求めるのに、どんな複雑な形でも三角形に分けて、三辺の長さを測れば図形が決まり、あとは計算できます。三角形の面積は底辺×高さですから高さも測れば小学生の算数のレベルです。問題はそれが測れない場合もあります。地面の上に家が建っていれば実測は無理です。地図を作る場合はすべて平原ということはないので、別の方法が必要です。そこで2.の3.法則から角度を測り、計算によって面積を求めます。ここででてくるのが三角関数というものです。三角関数はあのsin,cos,tanで高校数学なのですが、ここで脱落した方も多いと思います。数学的な説明をなくして実用的には三角関数表を用いて計算すれば簡単です。この方法を用いれば平面の面積だけでなく山の高さを推定することもできます。伊能の測量法はこの三角測量法ではなく、導線法と交会法だそうです。導線法というのは簡単にいえば現地を歩いて、2つの棒(梵天)を立てて、その間の距離を測り、真北との角度を測量する方法を繰り返していきます。真北は北極星でわかります。その角度を測る道具が象限儀で映画やドラマではこの道具で角度を測っているシーンがでてきます。距離は巻き尺では追いつかないので、長い鎖や結び目を付けた縄を使います。状況により量程車という歯車の回転数から計算する道具も使っていました。この原理を使ったウオーキングメジャーやロードメジャーは今でも使われています。しかし導線法ではどうしても誤差が生じ積み重なると差が大きくなります。そこで修正する方法として交会法が用いられ、遠くの目標たとえば山の頂上などを設定し、測量地点から目標への角度を測定して誤差を修正していきます。その数値を元に図面に書くと目標は同一でなければならないのにずれが生じることがあります。そこで角度を元に図面上で平行移動して目標に合わせると距離と図形が修正されます。幾何学の基本ですが、絵がないとわかりにくいでしょうから、検索して図面を見てください。
伊能忠敬は数学者ではなく、元々は商人であり地主でした。隠居して老後の勉強として暦学(今でいう天文学)を勉強しているうちに、地球の大きさや緯度や経度が必要なことを知り、江戸から蝦夷地までの距離を知れば正確な緯度・経度がわかると考えたようです。地図を作ることは当初の目的ではなかったようです。伊能忠敬のすごいところは隠居後の仕事であったことで、今でも多くの定年後の第二の人生の理想的モデルとして尊敬されるのはそこでしょう。

伊能忠敬