分国法

旧暦卯月14日に今川仮名目録が制定されたそうです。東日本最古の分国法だそうですが、分国法そのものがあまり知られていません。学校で習うことはまずないのでしかたのないことですが、知っておくべき歴史の知識です。
分国法というのは各国ごとの規則で、幕府は全体的な規則だけを定め、あとは各守護大名がそれぞれに決めてよいことになっていました。一種の地方自治体制です。大永6年(1526年)今川氏親は33条からなる家法である『仮名目録』を定めました。隣国の甲斐では武田氏の分国法である『甲州法度次第』をその後に定めています。鎌倉幕府は既に御成敗式目(貞永元年1232年)を制定しており、その内容を参考にして作成されたといわれています。
御成敗式目は最古の武家法として教科書にも載っています。これだけだと全国統一的な法律のような誤解を招きますから、各国が家法のようにして領民にも知らしめていたことを知っておくことで武家社会の支配関係がよくわかります。内容は今の民法のようなものがほとんどで土地を巡る争いなどへの措置が細かく既定されています。詳細は下記の現代語訳を見てください。

https://shizuoka.veritas.jp/imakawa/kanamok.htm 条文の題名だけ挙げておきます。
第一条 名田の没収の禁止、年責増を条件とする名田の競望 第二条 土地境界線の争論
第三条 荒廃地の再開墾の境界争論 第四条 訴訟係属中の土地への私的強制執行
第五条譜代家臣の主人替え 第六条 逃亡した家臣の追求権の時効
第七条 不法住居侵入者の処理 第八条 喧嘩の法理と処罰
第九条 喧嘩の加担者の処罰 第十条 家臣の不法行為の主人の責任
第十一条 子供の喧嘩 第十二条 子供の刑事責任年齢
第十三条 知行地の売貫の禁止と許可の特例 第十四条 売却された土地に対する検地の禁止
第十五条 井戸・溝用地の借地契約 第十六条 他国人の家臣の知行の保護
第十七条 古文書を根拠とする知行権の主張の禁止 第十八条 借米債権の利息と弁済
第十九条 借銭債権の利息と弁済 第二十条 困窮した家臣の債権の特例強要の禁止
第二十一条 他人の知行地の差押 第二十二条 守護不入特権(省略)
第二十三条 駿府の守護不入特権の解消 第二十四条 海上・陸上の商品の運搬税の統制
第二十五条 国質の私的取立の禁止 第二十六条 難破船の所有権の帰属 
第二十七条 河川の流木の所有権の帰属 第二十八条 宗派の論争の禁止
第二十九条 寺浣の住職の相続 第三十条 他国との婚姻の禁止 
第三十一条 他国人の軍陣参加の禁止 第三十二条 今川館内での家臣の席次
第三十三条 他囲商人を家臣とすることの禁止

家臣のことから、子供の喧嘩に親が出るな、とか流木の所有権とか、宗教のこと、他国人の扱いなど、おおよその揉め事が想定されており、江戸時代の大岡裁判のエピソードのような裁判官の恣意が入らないように公平な裁定がなされるような法律になっていることに驚きます。これが16世紀にはあったわけで、当時の西洋では王様や司教が恣意的な裁定を下していたのと比べると随分合理的であったことがわかります。それが時代を下って江戸時代の武家諸法度になるとかなり制約的になり、取り締まりが目的になっていきます。規則やルールは一般的に最初は争いを納めるための基準であって比較的緩いものであったものが、だんだん厳しいものに変わっていき、生活を制限するようになります。一つには規則は廃止されるより追加されることが多くなるからです。学校の校則や官庁の認可規則などがその典型例です。今こそ自治について再考したいです。

今川義元