穀雨

4月20日(旧暦弥生20日)は二十四節気の穀雨(こくう)です。穀雨とは穀物を育んでくれる春の雨という意味で、この時期から種蒔きなどの農作業を始めます。種蒔きは土と関わるのでまだ土用の期間なのに土いじりするのは忌避と矛盾するかのように思われるかもしれませんが、土用に避けるべきなのは掘り起こすなどの大きく地面をいじることなので、既に冬の間に天地返しをしたり、掘って元肥を施肥するなどの作業は終わっているので、土の表面を柔らかくして畝を作って、種を蒔き優しく土を被せるといった作業は土の神様を怒らせることではありません。種蒔きにしても、アメリカ農法のように飛行機でばら撒くのではなく、人の手で優しく数粒ずつ蒔いていく日本の農法は植物の生育には優しく、少ない土地での反当り収量は大きいのです。大量生産による価格低下という近代農法は儲かるかもしれませんが、一方で化学肥料や農薬の使用が必要であり、近年の健康ブームに合わせるなら、単価は高くなっても有機栽培で丁寧に生産された農作物に人気が集まるのも当然です。農産物だけでなく大量生産による普及を目指した近代工業も多様化と個性化へと転換しつつある現代工業とも相通じるものがあるように思えます。穀雨という春の柔らかな雨を活用するという古来の農法は、旧暦の二十四節気による季節の移り変わりに気をつけながら自然と一体化した生活をしていた昔の日本人の智慧と感性がうまく表現されていると思えます。明治以降の近代化はグレゴリオ暦を始めとする西洋化であったことを否定するのではありませんが、その文明開化によって失われたものもあるわけです。それが太平洋戦争後、米国化したことで、さらに日本文化の損失が増大したと現代史的には見られると思います。
二十四節気はさらに七十二候に三分割されています。あまりに細かいので地域によっては合わないこともありますが、この穀雨は葦始生(あしはじめてしょうず)、霜止出苗(しもやんでなえいづる)、牡丹華(ぼたんはなさく)の三候に分かれます。読みから分かるように元は漢文で古代中国の文化であったものを江戸時代に採り入れ、読み下しによって命名されたものです。中国とは気候も違うので当然時期も違うので日本的に時期を調整しています。
日本人は雨好きのようで穀雨の頃の雨には異名がたくさんついています。催花雨 ( さいかう ) 菜種梅雨 ( なたねつゆ ) 春時雨 ( はるしぐれ ) 春雨 ( はるさめ ) 春驟雨 ( はるしゅうう )百穀春雨 ( ひゃっこくはるさめ ) 杏花雨 ( きょうかう ) 紅の雨 ( くれないのあめ )など表現が豊かで、俳句や和歌に採り入れられています。春雨といえば食べ物の方を連想する方が多いかもしれません。中国料理にも出てきますが中国では春雨とはいいません。日本人が春の雨のイメージで付けた名前です。中国語では粉絲(フェンスー)と呼ばれていて千年以上前から食べられてきたそうです。鎌倉時代に禅僧が精進料理として持ち込んだのが最初とか。当時の名前は唐麺でした。
春雨といえば「春雨じゃ濡れて参ろう」というセリフが昔は知られていましたが、今では知っている世代は限られます。これは新国劇「月形半平太」の中で長州藩士の月形が京都の料亭から出たところで、馴染みの芸子雛菊から「月様、雨が…」と言われて答えるシーンの名セリフです。好きな女と一緒に酔いが回って夢見心地でしっぽりと春雨に濡れて行こう、という粋な場面です。新選組に追われる殺伐とした場面と対比的で、粋の意味が表現されているので、ちょっと気取る時にも援用されました。

耕雨