耳の日

3月3日はひな祭りですが、そちらはあちこちで話題になるので、もう1つあまり知られていない耳の日を話題にします。例の語呂合わせによる記念日です。昭和31年日本耳鼻咽喉科学会の提案により制定されました。他にも3という字が耳の形に似ているから、という後付けのような理由もあります。耳の日は耳を大切にしようという日ではなく聴覚障碍者への福祉を普及する意味があります。また電話の発明者グラハムベルは1847年3月3日生まれということもあるそうです。ベルの父は聾教育者で視話法という教育法を開発した人です。母も難聴者、妻も難聴者で聴覚障碍者になんとか貢献したいと考えて、今でいう補聴器の研究をしました。電話はその副産物のようなものでしたが、1876年のパリ万博で好評を得て、電話はあっという間に進歩しました。しかしその電話が聴覚障害者を苦しめる結果になったことにずっと心を痛めていて、電話による利益による財団を組織して聴覚障害教育促進を支援しました。
補聴器について「音を大きくする機械」と思っている人が多いと思いますが、実は音を大きくすれば聞こえるタイプの難聴を伝音性難聴といい、難聴者の一部でしかないのです。音には大きさと高さと音色がありますが、ある一定の高さの音が聞こえにくいタイプの感音性難聴というのがあり両方が混じる混合性難聴があります。専門的には他にもいろいろな原因とタイプがありこんなに単純化できませんが、まず難聴は音の大きさだけの問題ではないことを理解してください。耳が聞こえなくなることを聴覚損失といいますが、この損失時期も非常に重要です。よく先天性といいますが、遺伝による聴覚損失は稀で妊娠中における細菌感染や薬物により胎児に障害が出る場合や出産時に障害になるケースがほとんどといえます。後天性の場合も損失時期が幼児か小児か青年期か成年後か老化によるのかによっても大きな違いがあります。また片耳なのか両耳なのか、損失度がどの程度かによって不便の度合いが大きく違い、難聴者といっても一括りにできません。その原因も耳の病気、高熱によるもの、心理的な要因によるもの、交通事故などによる脳損傷、イヤホン型音楽プレーヤーの大音量によるもの、ロックミュージシャンなど日常生活の中に様々な原因が存在しています。また老化による聴力低下は避けられません。ある意味、誰もが潜在的な聴覚障碍者候補なのだ、という認識をもってほしいものなので、この耳の日がそのきっかけになればよい、と思っています。
聴覚障碍対応として手話がよく挙げられるようになりました。手話の日というのもあるそうですが、ほとんど知られていません。テレビでもよく手話を見かけるようになりました。しかし手話がすべての聴覚障碍者に役立つというのも誤解です。文字の方が便利という人もいます。手話は日本語とは共通の部分と異なる部分があり、外国語のように学習しないとまったく理解できないものでもなく、ジェスチャーを含むことが多いので外国語学習よりも易しい面があり、学習者も増えてきており、それ自体はよいことなのですが、一方で聴覚障碍者なら手話がわかるという誤解も広がってきています。子供の頃から重度の聴覚障害を持った場合は適切な学習環境があれば自然な形で手話を習得しますが、後期になればなるほど学習は難しくなります。とくに高齢者になって聴力損失が大きくなっても、それから手話学習するのはかなり困難で簡単な会話程度しか習得できません。それでも周囲がうまく手話を活用してあげればコミュニケーションに役立ちます。老人が手話をするのではなく、老人は声のままにして、周囲がする簡単な手話を老人側が理解できればコミュニケーションが成立します。そのためには老後に手話学習するのではなく学習能力の高い若いうちに手話学習しておくと老後に役立つというわけです。英語も外国人に出会ってから学習していては間に合いません。泥縄学習は成功しないのです。何事も日頃の準備が大切です。転ばぬ先の杖です。英語ではPrepare for a rainy day.といいます。

耳の日