日干支

干支といえば年干支がよく知られています。実は月や日にも干支が当てはめられています。鰻を食べるのに丑の日とか、安産のお守りをいただくのは戌(いぬ)の日がいい、などという言い伝えがありますが、これは十二支を当てはめた日のことです。旧暦カレンダーには月の干支と日の干支もあり、それぞれが十干十二支の60種類が当てはめられているのですから、その組み合わせは60x60x60=216,000通りもあるわけですから、歴史的にある日を特定するには十分すぎるわけです。現在は西暦年号に月日を当てるしくみなので無限大に組み合わせがあり、数字だけなのでシンプルに特定しやすいため、こちらが使われています。干支による特定は直観的にとらえにくい欠点はありますが、昔の人は十干も十二支も覚えていたので、それほど困難はなかったのかもしれません。

現在でもこの日干支を使った占いもあります。年干支による言い伝えは有名で、その動物の性格をそのまま応用したり、ある特定の歳、たとえば丙午の出産を避けたりという習慣が昔はありました。今日では迷信として片付けられています。それでも鰻を食べたり、安産守りを授けてもらったりという行事は続いています。

2022年2月27日の日干支は辛亥(かのとい)です。辛亥といえば辛亥革命が有名ですが、十干十二支を知っていると、ちょっと面倒ですが今から数えて111年前ということがわかります。ほとんどの人は1911年という西暦で覚えていると思いますが、こういう歴史上の年号は忘れると再構成できないのですが、干支を知れば逆算可能なわけです。日本史でも同じことですから、乱や戦争のことを干支で表現してきたのは明治にグレゴリオ暦を導入するまでは当たり前のことだったわけです。明治維新の戊辰戦争が1868年に起きたことは語呂合わせで覚えるしかないので、歴史という科目が暗記科目になってしまった原因の一つがここにあると思われます。日本史では保元や平治のように元号を使う場合もあるので、さらにややこしくなります。これで日本史が嫌いになった人もいるかもしれません。

辛亥革命は中国で長年続いた王朝支配が終わったことで画期的な出来事でした。10月に武昌と漢陽(漢口)が孫文配下の革命軍により制圧し中華民国政府が樹立されました。この武昌と漢口が1つになったのが現在の武漢です。武漢が再び新型コロナウイルスで有名になったのが2019年で年干支は己亥(つちのとい)と同じ亥年なのを偶然とみるかどうかはあなた次第です。ちなみに月干支と日干支は亥ではありません。

干支は十干の10種類と十二支の12の組み合わせですから120通りあり、占いとして考えるなら人間の性格とか物事の事象の数はほぼその範囲内にあるでしょう。そんなにないかもしれません。血液型の4種類でさえ当たるような感覚がありますから、これだけ精緻に分類されると当たるような感覚はさらに増えます。迷信深い昔の人がこれを指針として日々生きてきたことを全面的に否定しても意味はないと思われます。むしろ昔の生活上の経験の積み重ねを分類し、当てはめてきた知恵のようなものに現代的に敬意を表してもいいと思います。占いが科学ではないことは明白ですが、非科学的なものにもそれなりの根拠があると肯定的にとらえてみてはどうでしょうか。是か非かという二項対立ではなく、もっとグレーゾーンに注目するという態度がより科学的に学問することだと思われます。

干支