十六夜

2月18日は太陰暦十六夜です。イザヨイと読みます。他の月は十五夜(じゅうごや)、十三夜(じゅうさんや)のように数字に夜(や)をつけて呼びますが、この日だけ特別な読み方をするので不思議に思っていました。語源を調べてみると、出遅れる、躊躇している、という意味の「いさよう」から来ているようです。満月を過ぎた十六夜月はやや月の出がやや遅くなるので、それを月が出るのをためらっているととらえて、イザヨイというネーミングをしたのだそうです。こういう感覚は日本人独特ではないでしょうか。十六夜の他にも十三夜は満月をまもなく迎えるわくわく感とか、あと少しだという未練などが歌にも歌われています。十三夜、十五夜、十六夜は季語としては月がきれいに見える秋なので、その時に詳しく解説するとしますが、毎月やってくる月齢を楽しむ感性は大切に残しておきたいものです。

月の出に関しては月に異名があり、朔月、望月の他に十七夜は立待月、十八夜が居待月(いまちづき)、十九夜が臥待月(ふしまちづき)、二十夜を更待月(ふけまちづき)として月の出を待つ心境が説明されています。だんだん遅くなるので、最初は立って待ち、次の日は座って待ち、次は寝て待ち、20日には夜半の夜が更けてからになる、ということになります。昔の日本人は夜はのんびり月が出てくるのを待って月見を楽しんでいたのですね。中国でも昔は月を見ながら酒を飲み、詩を作っていたりしたわけです。今では月をもう何日も見ていない人が多いのではないでしょうか。昔の夜は蝋燭やランプの光でしたから、本を読むなどをしないかぎり、寝るまでの間は月や星を眺めて過ごしていたのでしょう。電気の光ができ、ラジオ、テレビ、ゲーム、スマホと室内での楽しみができて、生活が一変してしまいました。その分、人々の心がせわしなくなってしまったと思います。たまには月や星を見て、心を休める時が必要になっていると思います。

十六夜を冠した作品はいろいろありますが、比較的有名なのが十六夜日記ではないでしょうか。教科書にも女流文学の代表作品として出てきます。実は名前だけで本文を読んだことはないのですが、平安時代末期から鎌倉時代にかけては方丈記、徒然草など有名な随筆が創作され、当時はいろいろな出来事があって幕末に並ぶ騒々しい時代です。ある意味現代にも通じる内容となっていますので、教科書のぶつ切りでなく一度全文を現代語訳で読むことをお勧めしたいです。十六夜日記は藤原為家の側室・阿仏尼によって記された紀行文日記だそうで、一族の揉め事の裁定を求めて鎌倉まで出向いた老婆の旅行記だそうです。日記が10月16日から始まっているので後日にその命名になったとか。ほとんどの女流随筆は身近な出来事への感想を綴っているのに対しこの旅行記は当時としては独特です。
今宵は十六夜、秋の十六夜月ほどの美しさはない寒月ですが、折角の機会です。初めて十六夜日記でも読んでみることにします。

十六夜