節分

節分は旧暦の習慣なのですが、どういうわけか新暦の今でも派手に実施されています。豆撒きという風習のせいかもしれません。近年は恵方巻をコンビニが広げたことも関係あるかもしれません。

節分とは節の分かれ目ということであり、翌日が旧暦1月4日の立春です。つまりは節分までは二十四節気の大寒のままです。そして立春から新しい節気が始まるので、ある意味新年はこの日から始まるので、節分は大晦日と同じです。

大晦日には邪気を払って新年を迎える必要があります。そこで鬼を追い出すために豆撒きをする風習ができました。この風習はハロウインと全く同じ考え方で、時代も場所も違うのに文化の類似に驚きます。ハロウインにはお化けの仮装がつきもので、日本ではここだけが強調されて伝わっていますが、日本でも京都祇園界隈の花街では節分に「お化け」という風習があります。普段、きれいな姿しか見せない舞妓さんがお化けの仮装をしてお得意先を回ります。ご贔屓さんしか回らないので、なかなか見る機会がないのですが、一度だけ拝見したことがあります。近年は、お化けの仮装した舞妓さんが歩くので写真を撮ろうと寄ってくる群衆がいて、舞妓さんをガードする男衆(おとこし)さんが大変だそうです。このお化けは映画「舞妓はレディ」の冒頭に出てきますので、ご興味があればご覧になってください。

「舞妓はレディ」はMy Fair Ladyのパロディで、朝ドラ「おかえりモネ」で一躍スターになった上白石萌音のデビュー作です。My Fair Ladyは元々Pygmalionというバーナードショウ作の戯曲が下敷きになっており、音声学者と言語学者が主人公でもあるので、私は昔から知っていました。ピグマリオン(ピュグマリオーンとも表記される)の原点はギリシア神話で、自分の彫った理想的女性像の彫刻に恋して、衰弱した彼を哀れに思ったアフロディーテ(ヴィーナス)が彫刻に命を吹き込み、そして妻にする、という話です。マイフェアレディでは音声学者が賭けをして、下品な下町言葉しか話せない女性を貴婦人に育てあげ、賭けに勝っただけでなく彼女に恋するという話です。これらの作品を下地に祇園文化を学習していく新人舞妓の物語ですが、やはり言語学者が主人公でもあり、映画の中でも言語学書が出てきたので、私は別の視点から楽しめました。半分は「それ違うんじゃない?」というツッコミでした。この言語学者さん、祇園のご贔屓なので、そこも違うと思いました。言語学者のほとんどは貧乏学者なので、とても祇園のご贔屓にはなれません。

節分の話から、横道にそれましたが、節分の豆撒きの意味を改めてご理解ください。

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