World Science Day for Peace and Development

11月10日は国際連合教育科学文化機関(UNESCO、ユネスコ)により2001年(平成13年)に制定され2002年から実施されるようになった平和と開発のための世界科学デーです。国連ユネスコのホームページ(https://www.unesco.org/en/days/science-peace-development)では次のように示しています。
Celebrated every 10 November, World Science Day for Peace and Development highlights the important role of science in society and the need to engage the wider public in debates on emerging scientific issues. It also underlines the importance and relevance of science in our daily lives.
By linking science more closely with society, World Science Day for Peace and Development aims to ensure that citizens are kept informed of developments in science. It also underscores the role scientists play in broadening our understanding of the remarkable, fragile planet we call home and in making our societies more sustainable.
「この国際デーの目的は平和で持続可能な社会のために科学の役割に関する人々の認識を強化すること、国家間で共有される科学のために国家的・国際的な連帯を促進すること、社会の利益のために科学を使用する国家的・国際的な取り組みを更新すること、科学が直面する課題に対する注意喚起と科学的な取り組みに対する支持を高めることである。(https://zatsuneta.com/archives/11110g6.html)」となっています。誤解を避けるため全文を上記に引用しました。
例によって抽象的な表現ばかりでわかりにくいのですが、ここに国連の思想が明確に反映されています。超簡略化すると、科学を軍事に使うな、社会の平和のために使え、ということです。裏返すと科学は軍事によって発展してきた、という歴史的事実が前提にあり、このまま発展しつづけると地球が破滅してしまう、ということなのです。最近話題のSDGsのSはsustainable、Dはdevelopmentということは知られてきましたが、この維持と開発という語のもつ意味はきちんと理解されているのが疑問を感じます。上記の宣言でも同じ語が使われていますが、SDGsでは環境問題の意味にすり替わっています。言い換えると曖昧で抽象的な表現なので、解釈次第でいかようにも変えられるというものです。果たしてこれが“科学的”かどうか疑問をもたざるをえません。「認識を強化する」といいつつ、何が科学の役割なのかを明示していないのでどうともとれます。ある意味、国連という各国の利害がぶつかる議論の場での最終的な妥協はこういうものにならざるをえないのかもしれません。そこに国連の限界があるようにも思えます。そもそもユネスコは教育科学文化を議論する場なのですが、日本では観光地のための世界遺産の認定機関として利用しているだけで世界一の予算を支出しています。米国は、予算額は世界一ですが実際に支出していないのです。

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