酉の市

11月4日は酉の市です。江戸文化の1つですが、関東以外ではあまり知られていないようです。お酉様とも呼ばれ、関西地方のえびす講のような賑わいです。酉の市は11月の酉の日なので、今年は三の酉まであり、そういう年は火事が多いという言い伝えがあります。地域によっては12月にお酉様をするところもあるそうです。酉または大鳥あるいは鷲の名の付く神社に熊手を売る露店がでます。小さいものから特大のものまであり、景気づけということで毎年1号ずつ大きくしていくのが決まりなのですが、だんだん負担が大きくなっていくのが結構大変です。商店ではそれだけ店が大きくなったということなので、縁起を担いで店に大きな熊手を飾ってお客様に感謝を示すという意味もあるようです。熊手を買うと、法被(はっぴ)を来た若い衆が威勢よく手締めしてくれるので、うれしいような恥ずかしいような気持ちになれます。
そもそもの由来は江戸時代、武蔵国南足立郡花又村にある大鷲神社(鷲大明神)が栄え「本酉」と言われていました。この花又鷲大明神を産土神(うぶすなかみ)とする近郷の民が収穫祭として鶏を献上したことが始まりとされています。同社の祭神は日本武尊で、東征からの帰還の際、同地で戦勝を祝したという伝承があります。江戸時代、花又鷲大明神の本地は鷲の背に乗った釈迦とされていました。この神社の酉の市で参詣する人は祭が終了した後、浅草観音堂に献納した鶏を放ったそうです。
縁起物の熊手の由来は鷲が獲物をわしづかみすることになぞらえ、その爪を模したともいわれ、福徳をかき集める、鷲づかむという意味が込められています。熊手は熊手商人と買った(勝った)、まけた(負けた)と気っ風の良いやり取りを楽しんで買うものとされ、商談が成立すると威勢よく手締めをする習慣ですが、値段をまけさせて、その分を店側に「ご祝儀」として渡すのが粋とされ、手締めはこの「ご祝儀」を店側が受け取った場合にするのが本来ですが、今ではそういう駆け引きや粋もなくなり、買えば手締めをしてくれます。
浅草の鷲神社の酉の寺 長國寺では、近くに遊郭の吉原があり、酉の市にかこつけて旦那衆が家を空け吉原に遊びに行くのを防ぐために、家の女房が三の酉は火事が多いから用心して家を空けないようにさせた、という話もあります。
酉の市の縁起物には、熊手の他に「頭の芋(とうのいも)」(唐の芋)や粟でつくった「黄金餅(こがねもち)」もありました。頭の芋は頭(かしら)になって出世する、芋は子芋を数多く付ける事から子宝に恵まれるとされ、黄金餅は金持ちになれるという縁起です。切り山椒や七味唐辛子」が市の縁起物となっていることもあります。祭りの時にでる普通の露店が出ることは今でもほとんどありません。

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