神無月と亥の子

10月25日は旧暦の神無月朔日です。神無月は「かんなづき」と読む他にも「かみなづき」「かむなづき」「かみなしづき」「かみなかりづき」などいろいろあります。語源については「神様が出雲に行っていていない」という俗説が信じられていますが、本当の語源はまだ解明されていないようです。神無月の「無・な」が「の」にあたる連体助詞「な」で「神の月」という意味だという説があります。「水無月」が「水の月」であることと同じであるということのようです。神々が出雲に集まって翌年について会議するので出雲以外には神がいなくなるという説は平安時代以降の後付けだそうです。出雲大社の御師が全国に広めた語源俗解で出雲が「神在月」として様々な行事を行うことの正当化という側面があったようです。すべての神様がいなくなるわけではなく伊勢神宮・内宮におはします天照大御神は行かれないことになっています。他にも神様がいない間、お留守を守ってくれる留守神と呼ばれる神様もいて、荒神様、恵比寿様、大黒様はおいでになります。荒神様は地域や家と竈(かまど)の神様で、地域や年代により信仰や行事が様々ですが、神道や仏教とも合わさった民間信仰になっています。荒神祭はもう稀有になってしまいました。恵比寿様は神無月にえびす講が開かれることが多く、秋の風物詩になっている地域もあります。
神無月には亥の子祭りがある地域もあります。今年はたまたま神無月の最初の亥の日が朔日と重なります。亥の子餅を食べると万病除けになるという風習が平安時代から続いています。また猪は多産であることから、亥の子餅を食べると子孫繁栄になるという伝説もあります。伊勢の赤福では毎月朔日に朔日餅を販売しますが、今年は亥の子餅になりそうです。江戸時代には亥の月(神無月)の最初の亥の日を「玄猪(げんちょ)の日」と呼び「亥の子餅」を「玄猪餅(げんちょもち)」と呼ぶこともあったそうです。陰陽五行説において亥は水の気を持つため火災を逃れるということで、庶民はこの日に炬燵(こたつ)や火鉢を出したそうです。今でも茶の湯の世界では、この日を「炉開き」としており茶席には「亥の子餅」が登場します。亥の子餅はどちらかというと西日本で一般的なようで関東以北にはあまり見られないそうです。亥の子の歌という童歌(わらべうた)は広く西日本に広がっており民俗学の研究対象として知られています。亥の子はウリ坊と呼ばれて愛らしいとされてきたのですが、最近は猪の農業被害が多く嫌われるようになってしまいました。猪肉はぼたん鍋として食べられていますが、肉を牡丹のように(今風ならバラのように)盛り付けることから来ています。ジビエとしても人気があるので、もっと広く販売すれば環境保護にも役立つ一石二鳥になると思います。

亥の子餅