普遍主義

現在の経済や政治で話題になっているのがグローバリズムですが、その思想の根底にあるのが普遍主義universalismです。普遍主義の対立概念は個人主義individualismと解説する本が多いのですが、相対主義relativismと考える分野もあります。基本的な考え方として普遍主義はいろいろな事物の共通点を強調し統一的な原理によってそれらが支配されていると考えます。極端な考えとして、キリスト教やイスラム教やユダヤ教のような一神教では神がすべてを支配しているので、それこそが理性的であり合理的だと主張します。いわゆる神の無謬性という、普遍的原理には一点の曇りもないという思想です。その原理とは何か、については議論があり、考え方の違いから宗派の違いが生まれてきます。つまり普遍的といいつつ多様性を認めるという矛盾を認めるか、他の議論を排除する排他的信仰になっていきます。この排他的普遍主義が現在の世界の多くを占めています。
普遍主義に対抗する相対主義では事物個々の違いに着目しますから、多様な現実の説明とは矛盾しませんし、排他的ではないので争いは少ないのですが、統一化は難しく自然科学的思考とは相性が悪いです。自然科学では事物の共通点を見つけ、その定式化によって論理を導いていきます。数学がその典型です。
「ここにリンゴが10個あります。1つ100円なら全部でいくらですか。(ただし消費税などの要素はないものとします)」という単純な算数が成り立つのは普遍性を前提としています。現実の八百屋さんではリンゴによって大小があったり、痛み具合とか傷とかがあるので、個別に単価を変えるか、まとめて10個千円のような売り方になります。つまり普遍性というのは現実を離れた抽象的な記号化が前提で、その抽象化する作業を分類または範疇化といいます。リンゴの例でいうなら、リンゴという商品名や単価がそれです。
大きな範疇として国を考えてみます。国は政治的範疇で、それを規定するのは領土、国民、政府などの存在です。国民というのも範疇で、概ね民族とは一致しません。その民族も社会的範疇です。こうしてみると普遍的原理が深く社会や生活に関わっていることがわかりますが、一方で国や世界を統一的原理で支配することは不可能です。かつては宗教によって統一しようという時代もありましたが成功しませんでした。共産主義という経済原理によって統一しようという試みも成功していません。グローバリズムという名前に変えても結局は普遍的原理がないまま世界統一を目標として失敗に終わっています。自然科学でもまだ完全な普遍的原理は見つかっていません。最近のウイルスとの戦いがそれを証明しました。